あの子と仲良くなろう

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夜の11時過ぎ。
人通りの少ない路地裏で、和真《かずま》は正座していた。

……いや、させられていた。

その和真の横では、親友の怜雄《れお》が地面を舐めるように倒れ、気絶している。
白目を剥き、ピクピクと痙攣を続ける親友。
そんな悲惨な姿を見て、和真は思う。

(ズルいぞ)

いっそ、気絶できればどんなに良かったことか。
腫れあがった左頬がジンジンと痛む。

和真が親友を羨ましそうに見ていると、転がっているヒビが入ったサングラスを、詩音が思い切り踏みつける。

グシャッと音を立てて、完全に砕け散るサングラス。

「で?」

声を掛けられ、びくりと体を震わせる和真。
顔を上げると、腕を組んで仁王立ちする詩音《しおん》が正座する和真を見下ろしていた。

「どういうことかしら? 説明してくれるわよね?」

拒否は許されない、強烈な圧がかかった言葉を投げつけてくる詩音。

――どうして、こんなことになったのか。

和真はゆっくりと口を開いた。

時は1週間前に遡る。

「怜雄、聞いてくれ!」

登校一番、和真は怜雄の机を叩きながら、興奮気味に言った。

「お前は朝からテンション高すぎだぞ」
「いや、これは高くなってもしょうがねえって」
「なんだよ? ガチャでSSRでも出たか?」
「……テンション下がるようなこと言うなよ」
「ああ……。すまん。親に切れられて、アプリ消されたんだっけ?」

1年間の小遣いと膨大な時間を掛けたものが一瞬で消された光景は今でも和真の心にトラウマとして残っている。

「……で? なにがあったんだ?」
「え? あ、そうだ! そうそう、聞いてくれ! 詩音ちゃんを見つけたんだ!」
「……お前、何言ってんだ? 隣のクラスに行けば、高確率で見つけられるだろ。何が凄いんだよ」
「あー、いや、違う違う。えっと、外で見つけたんだ」
「最初から説明しろ」
「ごめん。えっと、昨日さ、夜に散歩してたんだよ。11時くらいに」
「なんでそんな時間に散歩してるんだよ?」
「あれだよ……。ゲーム消されたから……暇で……」
「あー、もう、一々、涙ぐむなよ。いいから先を言え、先を」
「ああ、うん。それでさ、なんとなくコンビニに行ったら、詩音ちゃんがいたってわけ」
「ふーん。けど、どうせ、お前、声をかけたりとかできなかったんだろ?」
「……うるさいな。顔見知りじゃないのに、声なんてかけたら変質者だと思われるだろ」
「偶然でラッキーって感じだけど、そこまで喜ぶことか?」

和真はチッチッチと人差し指を横に振る。

「そこで、コンビニ店員に聞いたんだけどさ、毎週水曜日の夜に買い物に来るんだってさ」
「……お前、変なところで行動力あるよな。普通に詩音ちゃんに声を掛けた方が早いと思うんだが……」
「それで、俺は考えた! この作戦が成功すれば、詩音ちゃんと仲良くなれるはずだ!」

そして時が流れ、次の週の水曜日。
時刻は22時40分。

「遅いな、怜雄のやつ」

イライラしながら、街灯の下で怜雄を待つ和真。

「……お待たせ」
「遅いぞ」
「いや、来ただけでも感謝して欲しいくらいだ」
「で? 持ってきたか?」
「ああ。まあ、安物だけどな」

怜雄はそう言って、ポケットからサングラスを出した。

「よし! 準備は万端ってわけだな」
「……いや、てか、ホントにやるのか?」
「当然だ! 絶好のチャンスだからな」
「……」
「じゃあ、段取りを確認するぞ。もうすぐ、ここを詩音ちゃんが通る」
「そしたら、俺が後ろから詩音ちゃんを襲う」
「そして、そこを俺が助ける! どうだ!? 完璧だろ?」
「不安しかねーよ」
「上手くいったら、奢ってやるからさ」
「絶対だからな」

グッと親指を立てる和真。

そして、そのとき、足音が聞こえてくる。

「あ、来たぞ、詩音ちゃん」

鼻歌交じりで歩いてくる詩音。
慌てて怜雄がサングラスを装着する。

そして――。

「おらああああああ」

怜雄が飛び出し、詩音に抱き着こうとする。

「む?」

怜雄が詩音に突進したが、目の前で躱される。

「へ?」
「ふんっ!」
「ほげぇ!」

戸惑っていた怜雄の腹に重い一撃を入れる詩音。

「う……ぐっ」

怜雄の顔からポロリとサングラスが落ち、レンズのところにヒビが入る。
そして、怜雄は膝から崩れ落ち、倒れる。

「そこまでだ、変質者! ……って、あれ?」
「あんたも仲間ってわけ?」
「いや、ちがっ……」
「ぶべっ!」

思い切り顔面を殴られ、吹っ飛ぶ和真だった。

「……というわけです」

事態のあらましを説明する和真。

「馬鹿じゃないの?」
「返す言葉もありません」
「……あんたらさぁ。ここまでのことをしたんだから、覚悟はできてるわよね?」
「え? あー、いや、どうだろう? って、いででで!」

和真の頬を引っ張り上げる詩音。

「冗談でしたは通じないわよ」
「は、はひ……」
「警察に突き出してもいいんだけど……」

ニヤリと悪い笑みを浮かべる詩音。

「あんたらには奴隷になってもらうわよ」
「……へ?」

次の週の水曜日の夜。

「よーし! 私の勝ち!」
「うう……。これで10連敗……」

和真と怜雄は詩音の家でゲームをしていた。
詩音の両親は、水曜日は決まって帰りが遅いので、暇を持て余してコンビニでお菓子を買っていたらしい。

そして、和真たちは先週の件の弱みを付けこまれて、こうして詩音の暇つぶしに付き合っているわけである。

「あ、お菓子無くなっちゃった。和真、買ってきて」
「え? 俺が?」
「文句言わず、行く!」
「は、はい!」

これから毎週水曜日は親の目を盗んで詩音の家に来なければならない。

「はあ……。なんでこんなことに……」

ため息をついて、夜の道を歩く和真。

だが、和真は気づいていない。

――詩音と仲良くなっていることに。

終わり。

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