いつもの台詞

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私が好きになった人は、決まって同じセリフを言う。

「あなたに釣り合う男になってみせる」

そう言って、危険な冒険へと旅立ち、そして二度と帰って来ない。
時々、魔物によって殺されただの、ダンジョンの罠にハマって死んだなどの情報が入ってくるくらいだ。

なんで男ってやつは気づかないのだろう。
釣り合う男になるよりも、近くにいてくれる方がいいのに。

「ここの欄に必要な情報を書いて」

冒険者登録用紙。

私はカウンター越しに数多くの冒険者たちから紙を提出してもらい、登録をした後、見送ってきた。

希望に満ち溢れた目でやってくる冒険者希望の人たち。
そのほとんどはまだ10代半ばの少年たちばかりだ。

これまで300以上の冒険者たちを送り出した。
果たして、今も生きている冒険者は何人いるだろうか。

基本的にこの街に留まる冒険者はいない。
なぜなら、この地域には弱い魔物しかいないし、攻略されていないダンジョンもない。
この街から出発する者は多くても、留まる者は極端に少ない。
留まっているということは、つまり、お察しな実力ということだ。

ここには冒険の仲間をスカウトするという目的の施設もある。
だけど、ここに留まっている冒険者をスカウトしようと考える人はほぼいない。
お察しな実力の仲間を、足手まといの人間をわざわざスカウトするわけがない。

中にはスカウト待ちと公言して、ここに入り浸っているベテランの冒険者もいる。
だが、その人たちは、半分引退した、昔話を語るだけのやる気のない冒険者だけだ。

「お願いします」

短い金髪の華奢な少年が、登録用紙を差し出してくる。

名前はレオナード・ウォーカー。
年は17歳。
戦歴、特殊技能は特になし。
両親は農家を営んでいる。

大方、家を継ぐのが嫌で冒険者になったんだろう。
こういう少年はごまんといる。

登録用紙の内容を、協会のデータに登録する。

「これが初期登録の報酬です」

そう言って、わずかながらのお金をレオナード少年に渡す。

「各町に行くと、ここと同じように冒険者協会の施設があります。そこなら格安で施設を利用できるので、ぜひ、お使いください」
「ありがとうございます」

レオナード少年はお金を懐に入れ、高揚した面持ちで出ていく。
渡したお金は宿に一泊泊まれる程度。
あとは自分で稼ぐしかない。

私の見立てでは、レオナード少年は山を越えた隣町にたどり着くことはできない。
いくら、このあたりの魔物が弱いと言っても、経験の浅い、なんの技量も持たない少年が倒せるようなものではない。
相手は腐っても魔物なのだ。

そして、案の定、私の予想は的中した。

「山道に落ちてた。まだ生きてるみたいだから、連れてきたぞ」

定期的に街にやってくる行商人。
下手な冒険者よりもよっぽど強い人が多い。

中には傭兵を雇って町から町へと移動している商人もいるが、やはり費用対効果が悪い。
となると、自分を鍛えて旅をする方が儲けられるというわけだ。

レオナード少年は運がよかった。
魔物に襲われ、動けなくなったところを行商人に拾ってもらえたのだから。
本来であれば、そのまま魔物か、野生動物に食べられて終わりだ。

瀕死の少年を処置室に連れていく。
癒しの魔法を使うことで、レオナード少年は一命をとりとめる。
本来であれば、お布施として所持金の半分をもらうのだが、案の定、私が渡したお金しかもっていない。

それでも決まりだから、その中から半分をもらう。

「……ありがとうございました」

数日後、傷が癒えたレオナード少年はお礼を言って、再び、旅立ってしまった。

馬鹿な子だな。

あんな目に遭ったのにまだ、自分の実力のなさに気づかない。
自分を過大評価し、いつか、自分は偉大な冒険者になれる。
そう思い込んでいる目だ。

……その目に、何度騙されたことか。

思わず、私はため息をついてしまう。
どうして、男って見栄っ張りで、現実を見ないのだろう。

そして、どうして私はそんなしょうもない男を好きになってしまうんだろうか。

「……いつも、すみません」

レオナード少年はすっかり、処置室の常連になってしまった。

2日に1回は運び込まれるか、自分でやってくる。
ボロボロの状態で。
そんなことを繰り返して、もう1年が経過している。

「仕事だから」

私は淡々と治療だけをする。
そして、必要以上に話さないようにし、冷たくあしらう。

でも、そんな私にレオナード少年は目を潤ませて、顔を赤くして見つめてくる。

「あ、あの……」
「あなたくらいの年齢の少年は、年上ってだけで好きになってしまうものよ」
「え?」
「その気持ちは異性への想いじゃなくて、母親の……母性を感じてるだけよ」
「そんなことありません!」

レオナード少年は私の手をガッと握る。
少し、胸の鼓動が高鳴っていく。

でも、それは絶対に悟られてはいけない。
私が惚れっぽいところと押しに弱いことは、絶対にバレてはいけないのだ。

もう恋はしたくない。
そう思うのに反して、私の心はすぐに健気な心に惹かれてしまう。
そして、絶望する。

その好きになった人が目の前からいなくなることで。

「僕は、あなたが好きです!」
「……お願い。やめて」
「僕の想いは本気です!」
「……やめて」

もう好きになった人を失うのは嫌だ。
今なら、まだ間に合う。
ただの冒険者の1人だったとして割り切れる。

「僕は、あなたに釣り合う男になってみせます」

ああ。まただ。
いつもの、あのセリフ。

自分の言葉に酔って、無茶をして死ぬ。
レオナードもそうなるのだろう。

「だから、待っててくれませんか?」

そう言って、男たちは私を待たせ続ける。
永久に。
帰って来ないくせに。

「……期待しないで待ってるわ」

私がそういうと、レオナードは満面の笑みを浮かべて出ていった。

そして、レオナードがここに来なくなってから半年が過ぎた。

「これ、うちで採れた野菜です」

そう言って、袋いっぱいに野菜を入れて持ってきたのはレオナードだった。

「え?」
「もう少し待っててください。必ず、大農場の主になって迎えにきますから」

レオナードは自分の冒険者の才能の無さを理解していた。
その中で、どうやったら私と釣り合うのかを必死に考えたらしい。

そして、思いついたのが実家の跡を継ぐことだった。

「……ずっと待ってる」
「はい!」

これでもう、永遠に待ち続ける必要はなくなったようだ。

終わり。

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