ある日の日曜日のこと。
俺の部屋に、友人の友広を呼んで掃除を手伝ってもらっている。
「おい、晴樹。これ、どうする?」
「捨てで」
「マジか。もったいねー」
友広はそう言って、新品同然のマグカップをゴミ袋に入れた。
「2つあるやつは捨てちゃっていいから」
「それって、1つだけ?」
「いや、どっちも」
「……わかった」
友広がドンドンと部屋の中にあるものをゴミ袋に入れていく。
そして、3時間後。
俺の部屋の片隅に、ゴミ袋が3つ並んだ。
「悪いな。いつも、手伝ってもらっちゃって」
「まあ、別にいいけどさ、俺は。奢ってもらえるし」
「牛丼でいいか?」
「特盛な」
「オッケー」
さっそく、宅配サービスに電話して、牛丼の特盛2つを注文した。
すると15分もしないうちに、届く。
「よし、じゃあ、食うか」
テーブルの上に袋を置き、中から牛丼を取り出す。
……が、しかし。
「げっ! 割り箸1本しか入ってねえ」
「家の箸使えばいいじゃん」
そう、友広が言うが。
「いや、捨てたし」
「は? 一本も残ってねーのか?」
「ないよ」
「……マジか」
「どうすっかな……」
戸棚を漁ってみると、プラスチックのスプーンが出てくる。
「仕方ない。これで食うか。食いづらそうだけど」
「なあ、晴樹。喉乾いた。お茶ない?」
「あるけど、コップがない」
「1個もか?」
「1個も」
仕方がないから、牛丼の蓋にお茶を入れるというアクロバットなことをして対応する。
「……にしてもさ」
友広が牛丼を食いながら、部屋を見渡す。
「ホント、なんもなくなったな」
「……しゃーねよ。こればっかりは」
「あのさー。お前ら……」
「ん?」
「いや、なんでもねー」
この後は黙々と牛丼を食べた。
そして、外が暗くなることに、友広が帰っていった。
友広がいなくなったら、物が極端に少なくなった部屋が余計にさみしく感じる。
さすがに全部捨てるのはやり過ぎか?
そんなことを思ってしまう。
でも、中途半端じゃダメなのだ。
それだと、彼女のことを忘れられない。
正直、自分でも女々しいと思う。
でも、これだけは自分でどうすることもできない。
彼女の痕跡があると、彼女との思い出が蘇ってしまう。
好きだった。
大好きだった彼女。
中学生の時から付き合って、何回か別れては付き合ってを繰り返して、大学まで関係が続いた。
このまま結婚するんだと思ってた。
疑いもしなかった。
でも、別れなんて突然やってくるものだ。
好きな人ができた。
そんな彼女の一言で、すべてが崩れ去った。
半同棲状態だった彼女は、すぐに俺の部屋から出ていったのだ。
残されたのは、君の抜け殻だけ。
彼女はペアものが好きだった。
なんでも同じものを2つ買い揃えるという趣味がある。
だから、俺の部屋には2組の物がやたらと多い。
でも、今回、それをすべて捨てた。
それを見るたびに彼女を思い出すから。
そうしないと、俺は前に進めない。
だから俺は、彼女の抜け殻をすべて捨てて、前に進むのだ。
そして、それから1週間が経った、ある日のこと。
俺は家でゴロゴロとしながらゲームをしていた。
するとインターフォンが鳴った。
特に友広とも約束をしていないし、配達のものも頼んでいない。
誰だろうかと思い、出てみると……。
「晴樹!」
立っていたのは彼女だった。
目に涙を溜めて、俺を見ていた。
「やっぱり、私、晴樹じゃないとダメなの!」
そう言って、彼女が俺に抱き着いてくる。
「私ね、思ったの。離れるてみると、私の中で晴樹の存在がこんなに大きいんだって気づいたの」
彼女がじっと俺を見つめてくる。
「私、晴樹のこと、好きなの。私と、やり直してくれないかな?」
友広はいつも、俺のことを甘いという。
だけど、俺の答えは決まっている。
「ああ。俺も、好きだよ」
そう言うと、また彼女が抱き着いてくる。
力強く、ギュッと。
こうして、彼女は再び、俺の部屋へと戻ってきた。
そして、少しだけバツが悪そうにこう言った。
「また、二人の物、買い揃えないとね」
「ああ。そうだな」
また、この部屋には彼女のものが増えていく。
抜け殻ではない、彼女の物が。
それから数か月後の日曜日のこと。
俺の部屋に友広を呼んで掃除を手伝ってもらっている。
「おい、晴樹。これ、どうする?」
「捨てで」
「マジか。もったいねー」
友広はそう言って、新品同然のマグカップをゴミ袋に入れた。
俺はまた、彼女の抜け殻を捨てている。
彼女がまた、俺の家を出ていったのだ。
「……いや、お前ら、いい加減にさー」
友広が深いため息をつく。
「え? なに?」
「あー、いや。何でもない」
確かに友広の言う通り、もったいないかもしれない。
でも、俺が前へ進むためにはこうして思い切って、君の抜け殻を捨てるしかないのだ。
終わり。
コメント