本気になったら、もう終わり

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私は22歳のとき、大失恋をした。
というより、騙されたのだけれど。

相手は結婚詐欺師で、私から全てを奪っていった。
両親が遺してくれたお金と家。
相手のためなら死んでもいいと思えるほどの恋心。
結婚できるという期待と、孤独を埋めてくれる安心感。

あの男はそれらをすべて奪っていってしまった。

そして、私は男性不信になり、一生、結婚しないと心に固く誓ったのだった。

「響子さん、お待たせ」

待ち合わせの駅で待っていると、誠が笑顔で手を振りながらやってくる。

今は11月で寒いくらいなのに、ちょっと走っただけで軽く汗を掻いている誠。
着ているスーツはブランド品なのに、出ている腹のせいでパツパツになっていて、不格好だ。

「ううん。私も今、来たところよ」
「そうなんだ、よかった」

誠はずり落ちそうな眼鏡を直しながら、ポケットからハンカチを出して額の汗を拭う。

「それじゃ、行こっか」

私が誠の腕に絡みつくようにすると、誠は顔を真っ赤にした。

「うん。今日のお店は結構、いいところだよ。やっと予約ができたんだ」
「ホント? 楽しみ」

胸を押し当てるように、強く誠の腕に抱き着くと、誠は顔をあげれなくなったのか、さっきよりも顔を赤くしてうつむいてしまう。

誠は31歳で外資系の会社に勤めている。
若くして、エリートの道を進んでいる誠の年収は既に1000万を超えているのだという。

そんな誠とは、マッチングアプリで知り合った。
見た通り、誠は付き合ったことがないらしく、簡単に付き合うところまで漕ぎつけた。
あとは結婚を匂わせれば、この通りだ。

私はすぐに、他に付き合っていた男とは連絡を絶った。
こういうのは少額を数多くするのではなく、デカい金額を1回やる方がリスクが少ない。
それに、誠なら簡単に騙せそうだった。

「ありがとね、誠。とても美味しかったわ」
「ううん。気に入ってくれて、僕も嬉しいよ」

誠に連れて行ってもらったレストランを出て、次はバーへと向かっている。

「でもね、誠」
「ん?」
「デートだからって、ああいう高いお店じゃなくていいんだよ」
「え?」
「私は誠と一緒に食べれれば、それだけで美味しく感じるんだから」
「う、うん」

案の定、私の言葉に誠は満面の笑みを浮かべた。
こういう場合、お金には興味がないというアピールをした方が、より食いついてくる。
単なるパパ活なら、高いものをできるだけねだるのが正解だけど、私の狙いはもっと先にある。
食事代なんて小さいものじゃない。
もっと大きなお金を手に入れるためには、目先のことに引きづられてちゃダメなのだ。

二件目のバーを出るときには、既に24時が過ぎていた。
意外なことに、誠はああ見えて話が面白い。
話し上手で、聞き上手。
だから、つい、話していると数時間があっという間に過ぎてしまう。
お酒が入っているなら尚更だ。

これでイケメンだったら、引手あまただったと思う。
マメで気が利いて、マナーもしっかりしてる。

ただ、どうしても見た目で損している感がある。
けど、まあ、そんなことはどうでもいい。

「……ちょっと、飲み過ぎたかも」
「大丈夫?」

私は誠に寄り掛かる。
終電が過ぎて、酔いが回った女の子が隣にいて、いい雰囲気。

男ならホテルに誘うところだろう。
だけど……。

「ちょっと待ってて」

誠はすぐにタクシーを止め、私を乗せる。
そして、運転手に私の家の住所を教えて出発させた。

いつもそうだ。
私がアピールしても、誠はするりと躱す。
私としては寝ておいた方が、後々、予防線にもなるから結構誘っている。
それでも誠は手を出したりはしない。

女慣れしていない男って感じだけど、誠が言うには、

「響子さんのことは大切にしたいから」

らしい。

それは口先だけじゃないことは何となくわかる。

以前、私が風邪を引いて寝込んでいたときのことだ。
会社の有休をとって、三日三晩看病してくれた。

慣れていないのにご飯を作ってくれ、掃除や洗濯なんかもやってくれた。
なにより、体が弱っているときに一緒にいてくれるだけで安心感があった。

中学のときに両親が死んで依頼、私はずっと孤独だった。
一時は一緒にいてくれる人もいたが、それは私を騙すためだけにしてくれたことだった。

その頃からかな。
誠と寝てもいいかなって思い始めたのは……。

なんてことを考えていたら、運転手が着きましたよ、と言ってきた。
私はお金を払って、タクシーを降りる。

顔をぴしゃりと叩いて、目を覚ます。

馬鹿なことを考えていた。
結婚詐欺は本気になったら終わり。

そろそろ、誠には見切りをつけて、取るもの取らないと。

そこから私はやや強引なくらい、結婚の話題を出して、結婚を早めようとした。
誠は戸惑い、もう少しゆっくり関係を深めていきたいと言った。
だけど、私が天涯孤独という部分を強調して、早く安心したいと言うと、誠は納得してくれた。

式場の見学やドレス選びなど、着々と進めていく。
ここまでくれば、疑いようもないだろう。
あとはごっそりお金を手に入れて、失踪すればいい。

とにかく、私は焦っていた。
なぜ、焦っているのか、自分でもわからないのに。

「やっと見つけたぞ! 響子!」
「え?」

誠とのデート中、いきなり後ろから声をかけられた。
振り向くとそこには誠と同じ年の男が立っていた。

最初に騙した男。
騙すことに慣れていなかったから、別れるときにかなり揉めた相手だ。

「殺してやる!」

ナイフを出して振り回してくる。

「うおおおおおおお!」

その状態で走ってくるが、私は恐怖で体が固まってしまった。
そして、顔に衝撃と、焼けるような熱さが走る。

ボタボタと血が流れる中、男はさらに私のお腹をめがけてナイフを突き出そうとする。

「うぅ!」

そのとき、私を庇って誠が刺されてしまった。
誠は倒れながらも、男の足にへばりついて男の動きを止めている。
そうしていると、警察がやってきて、男を取り押さえた。

そして、私と誠はすぐに救急車で病院に搬送された。

「ごめん……。響子さんを守れなかった」

誠の病室に行ったときの、第一声がそれだった。
もちろん、誠には私が過去に結婚詐欺をしていたことはバレている。

そして、私もなぜ、バレているとわかっているのに、誠の病室に行ったのかは自分でもわからない。
それはきっと、私を庇って刺されたから、その後ろめたさもあったのかもしれない。

「ううん。誠がいなかったら、私は殺されてたと思う」
「……そんなこと、ないよ」

誠は私の顔の包帯を見て、うつむきながらそう言った。
私の顔の傷は深く、手術しても跡が残ってしまうらしい。

「誠は気にしなくていいんだよ。もう二度と会うことのない女の顔のことなんか」
「……やっぱり、僕のこと、騙してたんだね?」
「うん。そう。私は結婚詐欺師だから」
「……そっか」
「今までありがとう。さようなら。……楽しかったよ」

私はそう言って誠の病室を出ようとした。

「響子さん。もう一度、出会い直せないかな?」

誠の、その言葉に思わず私は立ち止まって振り返る。

「響子さんは、もう僕に対して詐欺をする気はないんだよね?」
「う、うん……」

それはそうだろう。
詐欺だってわかってるのに引っかかる人間はいない。

「ならさ、今度は詐欺師じゃない、本当の響子さんと出会いたい」
「……え?」
「ダメ……かな。あー、いや、無理か。騙す以外に僕と付き合うメリットなんてないもんね」
「……誠はそれでいいの? 私は誠を騙そうとしてたし、過去に男を騙してきたんだよ?」
「わかってる。わかってるんだけど……。それでも、好きなんだ」
「……私の顔の傷、消えないかもって言われたんだよ? それでもいいの?」
「うん」

真っすぐ私の目を見て、頷く誠。
その目は本気だって伝わってくる。

「……わかったって言って、また誠を騙そうとするかもしれないんだよ?」
「うっ! そ、それは困るけど……」

焦るように額の汗を拭う誠。
そんな仕草に、私は思わず笑ってしまう。

「ふふ。ごめん。大丈夫だよ」
「え?」
「もう、私は誠を騙すことはない。っていうより騙せないんだ」
「……そうなの?」
「結婚詐欺はね、本気になったら、もう終わりなんだよ」

終わり。

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