終わりの言葉

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さよなら。
別れましょう。
もう二度と会わない。

それらは終わりを意味する言葉だ。
できることなら、聞きたくない。
聞かずに終わりたい言葉。

でも、もう一つだけ聞きたくない、終わりを意味する言葉がある。

それは、特に魁人の口からは絶対に聞きたくない言葉だ。

「瑞樹―! これの続き貸してくれ」

そう言って、無神経に私の部屋のドアを開けて入ってくる魁人。
その手には私が貸したバトル漫画を持っている。

「あんたねぇ。いくらなんでも、女の子の部屋にノックせずに入ってくるってどうなのよ?」
「ん? まあ、いいじゃん。お前だって、俺の部屋に勝手に入ってくるし」
「……まあ、そうだけどさ。男と女じゃ、違うくない?」
「あー、そっか。すまん」
「わかればいいんだけど」
「お前が女だって忘れてた」
「ぶん殴るわよ」

魁人とは幼稚園以来の友達……幼馴染っていう方が近いのかな。
とにかく、十数年の腐れ縁の仲だ。
家も近くて、結構、頻繁に行き来している。

そんな私たちの関係を、周りは付き合ってると勘違いすることが多い。

高校生にもなって、この距離感だとそう思われるのは仕方ないのかもしれない。

でも、だからと言って今更変えろと言われる方が無理だ。

たぶん、それは魁人も同じはず。

「あ、そうだ、瑞樹。そろそろ、夏休みの宿題、写させてくれよ」

私のベッドに座り、漫画を読んでいた魁人がふと、手を止めた。
私は魁人の言葉に、やれやれって感じでため息をつく。

「……あんたねぇ。私がやってると思ってるの?」
「……だよな」

部屋の中に沈黙が訪れる。

私と魁人はほぼ同時に、壁に貼っているカレンダーを見た。

ゴクリ。

私のものか。
それとも魁人のものか。

生唾を飲み込む音が響く。

学校が始まるのは明後日だ。

「こんなことやってる場合じゃねーよ!」
「こっちの台詞よ!」

私は慌てて机の中から、夏休みの宿題の問題集を出す。

「俺も持ってくる! 手分けしてやるぞ!」
「うん!」

結局、2日間の徹夜でなんとか夏休みの宿題をやり遂げた。
もちろん、その2日間は私の部屋で徹夜をした。
お母さんも、魁人のおばさんも、何も言わない。

私たちの関係はそういうものだ。

学校が始まり、またいつもの日常が続いていく。
学校では、私は女友達と一緒に過ごし、魁人も男友達と過ごす。

で、休みの日は、大概、どっちかの部屋でゲームしたり漫画を読んだり、時々は遊びに出かける。

そんな日常。

暑い夏が終わり、季節は秋へと差し掛かり、学校内には文化祭の準備という空気が流れ始める。
私たちは2年生。

来年は受験が始まっている頃だろうから、本格的に文化祭を楽しむのは、今年で最後だろう。

そういうこともあり、2年生はいつも文化祭の出し物は気合が入る。

今年は魁人と回ろうかな。
なんてことを考える。

というのも、気を遣わずに全力で遊ぶには魁人が、一番都合がいい。
もちろん、女友達と一緒にいるのも楽しいけど、あれはあれで結構、気を遣うのである。

そして、そんなある日のことだった。

私は学校の中庭に呼ばれ……そこで告白された。
クラスの、そこそこ仲がいい男子。

「魁人とは付き合ってないんだよな?」
「うん。まあ……」

その男子に聞かれて、そう答えるしかなかった。

そこで、ふと頭をよぎったのが、文化祭を彼氏と一緒に回る、というのもいいかもしれない、というものだった。

「オッケーしたのか?」

いつものように、私のベッドに座って、漫画を読みながら魁人がそう聞いてきた。

「んー。どうだと思う?」

私はゲームをしながら適当な相槌を打つ。

「まさか、お前が恋愛に興味あるなんて思わなかったな」
「そりゃ、まあ、私も女子高生だし?」
「けど、今まで、そんな話とかなかったじゃん」
「そりゃそうでしょ。そんな話、出なかったんだから」
「……そいつのこと、好きなのか?」
「あはは。付き合ってるうちに好きなるってこともあるかも?」

すると魁人が漫画を置き、立ち上がる。
そして、ゲームのリセットボタンを押す。

「ちょっと! 何するのよ!」

魁人が真剣な目で私を見る。

その目を見て、私は本能的に察した。

言ってほしくない言葉。
終わりを意味する言葉を、魁人は言おうとしている。

いや。
聞きたくない。

私は止めようと口を開くが、それよりも先に魁人が言葉を発した。

「好きだ、瑞樹」
「……」
「ずっとずっと前から好きだった」

言われてしまった。

予想通り、終わりの言葉を。

好き。

それは私と魁人の関係に終止符を打つ言葉だ。
友達、幼馴染、親友。
その関係が、たった今、終わってしまったのだ。

正直に言ってしまうと、私は今の、魁人との関係が楽でよかった。
もう少し続けたいと思っていた。

でも、その思いは叶わず、魁人の言葉によって終わらされてしまったのだ。

終わってしまったのなら、仕方がない。
受け入れるしかない。

深呼吸をして、私も終わりの言葉を口にする。

「私も……好きだよ。魁人のこと」

好き。

それは、幼馴染という関係を終わらせる言葉。

そして、恋人という関係を始める言葉だ。

終わり。

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