見守ってくれた存在

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両親はとても忙しい人で、いつも家にいなかった。
だから、私にとって、キョウが親代わりであり、兄の代わりであり、友達の代わりだった。

「雫は寂しくないのかい? 家に一人だけなんて」
「ううん。寂しくないよ。だって、キョウちゃんがいるから」
「そっか……」

キョウの質問にそう答えると、いつもキョウはほほ笑んで私を撫でてくれた。

私の家系は代々、霊感が強いらしく、時々、悪い霊とかがついてくるときがある。
そんなときも、キョウは霊を追い払ってくれた。

キョウに守られている。
そう思うと、安心できた。
そして、キョウさえいれば、私にはなにもいらなかった。

だけど、私が中学生になるときのことだった。

「僕がいると、雫はダメになる」

突然、キョウがそう言い出した。

私はなぜ、キョウがそんなことを言い出したのかがわからなかった。

キョウはあるものを取り出して、私に渡した。

手鏡。

なんでも、おばあちゃんのおばあちゃんの代から受け継がれているものらしい。
ただ、お母さんは、「そんな古い鏡なんかいらない」と言って、おばあちゃんから受け取らなかったようだ。

「これを、倉庫の奥にしまって欲しい」

そう、キョウに頼まれたから、私は何も考えることなく、言う通りにした。

そして、その日以降。
キョウは私の前から姿を消した。

それから3年が経ち、高校に通うようになって、私は段々とキョウの言っていたことの意味がわかってきた。

中学まで私は全くといっていいほど友達を作らなかった。
なぜなら、キョウがいたから。
着物姿で、高身長で格好良くて、私を見てくれて、私を守ってくれた。
そんなキョウがいれば、友達なんて必要なかったのだ。

だけど、キョウがいなくなってから、私は友達を作るようになった。
友達と過ごす学校生活は、新鮮で、私は今まで友達を作って来なかったことに公開したほどだ。

充実した高校生活。
友達とばかやって、騒いで、怒られもした。
それは私の中で大切な思い出として残っていく。

そして、その記憶に反比例するように、私の中からキョウの記憶がなくなっていったのだった。

大学では彼氏もでき、高校生活に負けないくらい、充実した毎日を過ごすことができた。
楽しい時間はすぐに過ぎ去っていく。

大学卒業を目前に控え、私は就職活動をしなくてはならなくなる。

遊んでばかりもいられない。

20社ほど会社を受け、落ち続け、心が折れそうになったときに、ようやく1社から内定が出た。
ただ、その会社は家から通える場所ではない。
当然、引っ越すことにした。

そして、引っ越すにあたり、物を整理しているときだった。
お母さんが、倉庫に、一人暮らしに役立つものはないか探してみなさいと言う。

私は「古いの使うのなんて嫌だよ。あっちで全部買えばいいじゃん」と抗議した。
しかし「全部、あんたのお金で買うなら、それでいいわよ」と言われて、あえなく撃沈した。
バイトをしていたとはいえ、学生だった私にそこまで貯金があるわけじゃない。

渋々、倉庫の中を漁り始めることにした。

案の定、古いものばかり。
使えそうなものがあったとしても、使いたくない。
今の時代、なんでも物がそろっている。
新しく買い揃えた方がいいのに。

そう思いながら、倉庫にあるものを眺めていた。

すると、私は倉庫の奥にある戸棚が目に入って、開けてみる。
そこには、手鏡が入っていた。

それは、キョウに渡された手鏡だった。

その手鏡を見て、私は消えかかっていたキョウとの思い出が一気に蘇ってくる。

思わず、涙が頬を伝う。

「……キョウ。お願い、出てきて」

私は鏡に向かってつぶやくが返事はない。

私はすべてを思い出した。

キョウは鏡の付喪神だ。

物を大切にして、長い月日が経つと神が宿るのだという。
だけど、その反面、物を大切にする心を忘れると、神の力が失われていく。
お母さんはおばあちゃんから鏡を受け取らなかった。
私も、ここに鏡をしまってから、今まで鏡のことを忘れていた。

もしかすると、もうキョウは消滅してしまったのかもしれない。

私は手鏡を手に取る。

物があふれる今の時代。
きっと、付喪神が生まれることはなくなってくるんだろう。

でも、それでも私はキョウに戻ってきて欲しかった。

たとえ、私の代では無理だったとしても、子供や孫の代にまで受け継いでいこう。
そして、物があふれる時代でも、物を大切にすることの心も一緒に伝えていく。

いつか、誰かがキョウと出会えるように。

終わり。

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