世の中には3人、自分にそっくりな人間がいる。
どっかで聞いたことがある話だ。
けど、それよりももう一つ、自分にそっくりな人間がいるという都市伝説がある。
ドッペルゲンガー。
なんでも、自分そっくりな分身らしい。
もし、本当にドッペルゲンガーがいたのなら。
俺はあることを願う。
本体の俺と入れ替わってくれ、と。
俺はこの世界から消えたい。
このくだらない世界で生きたくはないのだ。
中学生になるときに、両親が離婚した。
特に仲がいいとは言えなかったけど、離婚するほど仲が悪いとは感じなかった。
なのに、突然、俺たち家族は文字通りバラバラになったのだ。
父さんも母さんも、俺を引き取ろうとはしなかった。
お互いに押し付けようとしているのを、俺の目の前でやっている。
その話し合いは泥沼化し、『どっちに押し付けるか』の裁判になった。
結局、母さんの方が負けて、俺を引き取ることになる。
でも、やっぱり、俺と一緒に暮らすのは嫌だったみたいで、俺はばあちゃんの家に押し付けられた。
俺のばあちゃんは、世間でよく聞く、孫は可愛がるというものではなく、やっぱり、この家でも俺は邪魔もののような扱いだった。
こんな状況で、荒むなっていう方が無理がある。
だって、俺に関わる人間すべてが、俺を邪魔もの扱いにするのだ。
こんな中でも真っすぐ、純粋なままでいられるやつがいたら見てみたい。
ということで、俺の生活は荒み切っていた。
転向した先の中学校には、一度も行くことなく、毎日、町に行ってただ時間を潰す日々。
家にも居づらいんだから、仕方がない。
そんなあるとき、商店街を歩いていたら、いきなりたこ焼き屋の兄ちゃんに呼び止められた。
「しけた顔して、どうした?」
俺なんかに声をかけてくれた人なんて、ましてや笑顔を向けてくれた人なんて、本当に久しぶりだった。
俺は「ちょっと嫌なことがあって」と答えた。
両親の離婚なんて重い話、好き好んで聞きたいひとはいないだろう。
こんな俺に笑顔を向けてくれた人に、不快な思いはさせたくない。
「よし、これ、食っていきな」
そう言って、兄ちゃんは8個入りのたこ焼きをくれた。
嬉しかった。
食べているうちに、自然と涙が出た。
俺はその日、両親が離婚して初めて泣いたのだった。
その一件があってから、俺はなんとなくその商店街に行くことが多くなった。
ここの商店街の人は俺に優しい。
俺が「こんにちは」と言えば、「あら、こんにちは」と返してくれる。
総菜屋さんでは、残り物をくれたりもした。
優しくされると自分も優しくなれる気がする。
その日、俺は本屋のおばあちゃんが本出ししているのを手伝った。
別に見返りを求めたわけじゃない。
ただ、優しくされた分、誰かに優しくしたかっただけだ。
おばあちゃんはお礼を言ってくれて、俺に小遣いをくれた。
俺は毎日、商店街に行って、色々な場所で手伝いをした。
ここでは俺は邪魔もの扱いされない。
ここが俺の居場所なのだと思った。
だけど、そんな俺の思いは間違いだったと知る。
「――くん?」
制服姿の女の子に声をかけられる。
もちろん、俺はそんな名前じゃないし、話しかけてきた女の子も知らない。
なにより、俺は一度も学校に行ってないのだ。
見たことある生徒なんているわけがない。
俺は違うと言ったが、その女の子は信じてくれず、「何の冗談?」と笑っていた。
そして、それがきっかけのように、商店街の人たちが、俺のことを「――くん」と呼び始める。
どうして?
なんで?
そいつは俺の名前じゃない。
考えてみれば俺は商店街の人たちに一度も名乗っていない気がする。
だからって、なんで俺のことを「――」と呼ぶんだ?
俺は最初に、俺に優しくしてくれたたこ焼きの兄ちゃんのところに行った。
そして、俺は聞いてみる。
「俺の名前、知ってる?」と。
返ってきた言葉は、一番聞きたくない言葉だった。
「もちろん知ってるよ。――くんでしょ?」
俺の心はあっさりと折れた。
てっきり、俺はこの商店街の人たちに受け入れられたと思っていた。
でもそれは違った。
受け入れていたのは俺じゃなく、『――』だ。
最初から、俺のことなんて見てなかったのだ。
俺は万引き、放火など、思いつく限りの悪事を働いた。
どうだ? これで俺を見てくれるだろ?
だけど、商店街の人たちはそんな俺を憐みの目で見て、怒ろうとしない。
ここまでしても、俺のことを見てくれないのだ。
そして、俺は考える。
『――』は何者なんだ、と。
行き着く答えは決まっていた。
――ドッペルゲンガー。
俺の分身がいて、商店街での、俺の居場所を奪っていったんだ。
それから、俺はドッペルゲンガーを探す。
見つけたらどうするか、なんてことはわからないけど、それでも必死に探した。
でも、見つからない。
そう言えば、ドッペルゲンガーに会うとお互いが消えるなんて話も聞いたことがある。
なら、尚更、会いたい。
一緒に消えよう。
そう思った。
「――くん?」
ベンチに座って休んでいたら、いつかの女の子がまた俺に話しかけてきた。
俺の隣に座り、優しく微笑みかけてくる。
「嬉しいな。なかなか、――くんに会えないから」
嬉しそうに俺の顔を見て、そう言った。
でも、それは俺を見ているわけじゃない。
女の子は顔を真っ赤にして、うつむきながら、勇気を振り絞るようにこう言った。
「私ね、――くんのこと、好きなんだ」
一瞬で頭に血が上った気がした。
怒り。
俺が持っていないものを『――』はすべて持っている。
それが俺にとって腹立たしかった。
俺は女の子を押し倒す。
恐怖に歪んだ女の子の顔を見たとき、俺はなんとも言えない快感を覚えた。
なにもかも持っている『――』から、この女の子を奪う。
俺は悲鳴を上げる女の子の口をふさぎ、乱暴に服を引き裂く。
奪ってやる。
俺が女の子に無理やりキスしようしたときだった。
ゴッ!
鈍い音が後頭部から直接、耳に入ってくる。
一気に力が抜け、俺はベンチから転げ落ちた。
俺の目の前には、俺が立っている。
右手にはハンマーが握られていた。
やっと会えた。
俺のドッペルゲンガー。
俺から全てを奪った、俺の分身。
「ようやく見つけたぞ」
そう言って、そいつはハンマーを振り上げる。
「ドッペルゲンガーめ」
振り下ろされたハンマーが俺の顔面に当たった瞬間、俺の意識は徐々に薄れていく。
……これでよかったのかもしれない。
だって、俺はずっと願ってた。
もし、ドッペルゲンガーがいるなら、俺と入れ替わって欲しい、と。
終わり。
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