男はアンドロイド技師として世界でもトップクラスだった。
日々、最先端の技術を生み出していくその姿は、世界中の技師からの憧れの的となっている。
だが、男は何も一人でここまできたわけではない。
妻の献身的な支えがあったからこそ、研究に没頭出来ていたのだ。
だが、男自身、そのことに気づいてはいなかった。
妻が支えてくれることが当たり前になっていたのだ。
男にとって研究が一番であり、人生の唯一の生きがいと言っても過言ではない。
妻は男が日々、楽しそうに研究している姿を見ているだけで満足だった。
妻は心底、男を愛していた。
たとえ、自分のことを顧みることがなかったとしても、支えられるだけで十分だったのだ。
だが、そんな生活も、あっさりと脆くも崩れ去る。
妻が病気になり、倒れてしまったのだ。
「アン……。私の人生は後悔しかない」
「あら、どうして?」
「君のことをこんなにも愛していることに、今まで気づくことができなかった」
「ふふ。嬉しいわ。あなたが愛してくれる。それだけで私の人生は十分、幸せよ」
男は研究を止め、妻の介護に専念した。
今まで一緒にいられなかった時間を取り返すかのように。
男にとって、皮肉なことに妻が倒れて介護をする日々が人生の中で一番幸せな時間だった。
だが、その分、男は後悔に苛まれる。
「どうして、もう少し早く気づけなかったんだ。君が元気な時に気づければ、もっといろいろな場所に一緒に行けたのに」
「いいのよ。あなたが一緒にいてくれるこの部屋が、私にとって一番素敵な場所」
そんな妻の言葉も、男の中の後悔の念を消し去ることはできなかった。
妻とずっと一緒にいたい。
それだけでよかった。
それが幸せだと気づいた。
だが、そんな矢先、妻は病状が悪化し死んでしまう。
男は悲しみと同時に、深い後悔の念に包まれる。
そして男はあることを思い立った。
再び、アンドロイドの研究に没頭する日々を送り始める。
それから30年を費やし、男は妻にそっくりなアンドロイドを作り上げることに成功した。
見た目はもちろん、記憶や性格を根気よくインプットし続ける。
日々、妻に近づいていくのを感じ、男は喜びに包まれていく。
男の中で、アンドロイドが完璧に妻となった頃。
男は倒れてしまう。
既に年齢は80を過ぎていた。
老体に鞭を打って研究を続けたツケが一気にやってきたのである。
男は絶望した。
妻にもっと色々なことをしてあげたいという一心で作り上げたアンドロイドに、自分の世話をさせてしまっている。
「私はあなたと一緒にいられるだけで幸せよ」
おそらく、妻が生きていたとしてもそう言うだろう。
だが、それだけに男は自分に対しての怒りを募らせていく。
結局、自分は妻のためと言いつつ、自分のためにアンドロイドを作っていたことに気づく。
ずっと妻と一緒にいたいという思いで作ったアンドロイドが、完成したときには既に男の残りの人生はほとんどない状態だ。
今度は妻を一人にさせてしまう。
こんなことを望んで作ったわけではないのに。
「すまない。私はまた、君に何もできなかった」
「何を言ってるの。こうして一緒にいさせてくれるだけで、十分よ」
そう、笑顔で答えてくれる。
「私は、自分のエゴで君を作ってしまった。君に生まれてきた意味を与えることができなかった。本当にすまない」
男は妻の前で懺悔をする。
結局は、自分はずっと自分勝手に生きてきたことを。
「そんなことないわ。私には生まれてきた意味がちゃんとあるわ」
「……え?」
「あなたを看取ること。あなたが私にしてくれたように」
数日後。
男は息を引き取った。
その顔は穏やかで満足そうだった。
そして、それと同時に、アンドロイドは機能が停止し、二度と動くことはなかったのだという。
終わり。
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