幼馴染という関係

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「将来はね、キョウちゃんと結婚したいな」
 
 よくある子供の時の会話。
 隣に住み、いつも一緒に遊んでいた里美の、5歳の頃の言葉だ。
 
 正直、俺もその当時は本気でそう思っていた。
 里美ちゃんと結婚したい、と。
 
 ……まあ、なんていうか、その……。
 ぶっちゃけて言うと、今でもそう思っている。
 
 
 
 8月。
 夏真っ盛りのこの時期は、エアコンがないとやってられない。
 寝ているだけで、大量に汗を掻く。
 そして、寝苦しくて寝れたもんじゃない。
 
 とはいえ、電気代がヤバいくらい高くなっている今、安月給の俺が四六時中エアコンをつけっぱなしにしておくわけにもいかない。
 なので、いつも、寝る前にエアコンをつけ、タイマーをセットして寝るのだ。
 
 そして、朝に暑くて起きるというのが定番になっている。
 
 逆に付けたり消したりする方が電気を消費すると聞いたけど、感覚的には消した方が安い気がする。
 
 何が言いたいかというと、たとえ今日が日曜日でダラダラと寝てられる状態でも、本来なら暑さで目が覚めると言うことだ。
 
 だけど、今日は暑さで目が覚めることはなかった。
 
 なぜならエアコンが付いているから。
 その快適さのせいで、つい12時まで寝てしまった。
 
 目が覚めたきっかけはゲームの音と、誰かの声。
 
「あー、もう! むしゃくしゃする!」
 
 バリっと何か、袋を開けるような音。
 
 目を開けると誰かがテレビに向かっている後姿が見える。
 振り向かなくても誰かはわかる。
 
 里美だ。
 
「……お前、何やってんだよ」
「ふぁ、ふぉふぁふぉー」
 
 おそらく「あ、おはよー」と言ったのだろう。
 口に咥えている棒アイスのせいで、うまく喋れていない。
 
「……あれ? おい、お前、何喰ってんだよ!?」
「なにって、アイスだけど」
 
 アイスを手に持ち、首を傾げる里美。
 
「いやいやいや! それ、俺のアイスだろ! てか、なんで勝手に部屋に入ってきてるんだよ!」
「いや、暑いからさ。退避してきたの」
「……お前んちにもエアコンあるだろ」
「電気代、もったいないじゃん」
「……ふざけんな」
 
 俺より給料がいいくせに、こういうところでケチくさい。
 本人曰く、「女はお金がかかるのよ」だそうだ。
 つまり、どこかで節約しないとならないということなんだろう。
 
「だからって、俺に電気代をたかるなよ」
「いいじゃない。どうせ、あんただってエアコン付けるでしょ?」
「そ、そりゃそうだけどさ」
「なら、一緒にいた方が電気代節約できるでしょ」
「……」
 
 エアコンの件はまあ、わかる。
 だけど、アイスまで食うのは納得できない。
 
 里美はこういうところがある。
 俺の家の合鍵を持っていて、勝手に入ってくるけど、逆に俺に里美の家の合鍵を渡してはくれない。
 
 本人曰く「女の子の家の合鍵なんてそうそう簡単に渡せるわけないでしょ」らしい。
 確かに、合鍵を渡されても、勝手に入る気はしない。
 
 それに俺たちは付き合っているわけじゃないのだ。
 
 5歳の頃、里美に「結婚したい」と言われ、それをずっと本気にしていた。
 そして、中学の頃、里美に告白した。
 
「キョウと恋人同士なんてあり得ない」
 
 そう言われて、撃沈した。
 
 そう言った割には俺と里美の距離感はずっと変わらなかった。
 俺をフッた癖に普通に部屋に来るし、休みの日には一緒に出掛けたりもした。
 
 里美が隣にいるのは当然のように感じていた。
 
 だからまた高校の時に告白した。
 
「だから、キョウと恋人同士なんてあり得ないんだってば」
 
 そう言われて撃沈した。
 
 それなのに、里美と俺の距離感は変わらない。
 周りには「ただ付き合ってないだけ」なんて言われて、揶揄されていた。
 
 里美とは高校までは同じだったが、大学は違うところに行った。
 なんていうか、俺自身、里美と距離を置きたかったからだ。
 
 というのも、里美のことが好きだったからだ。
 付き合うことができないのに、ずっと一緒にいるのは正直辛い。
 
 フッたときにあっちから距離を置いてくれればどんなに楽だったか。
 そうすれば、俺はきっと吹っ切ることができて、もしかしたら他の女の子を好きになっていたかもしれない。
 
 そんな期待をして大学生活を送った。
 ……のだが。
 
 結局、里美との距離感は変わらなかった。
 しょっちゅう、俺の部屋に来るし、休みの日は誘われた。
 酷いときには「キョウの大学の学食食べたい」とか言って、大学に来る始末。
 
 下手をするとサークルのメンバーよりも里美と一緒にいる時間の方が長かったくらいだ。
 
 そして、大学を卒業するときのタイミングで、俺は里美に告白した。
 
「何回、言わせるかな。キョウと恋人同士なんてあり得ないから」
 
 そう言って、俺をフッたのだ。
 
 大学卒業後は、当たり前だがお互い違う会社に就職した。
 さすがに大学の頃よりも会う時間は短くなっているが、今日みたいにいきなり家に来ることもザラだ。
 
 今も俺のアイスを勝手に冷蔵庫から出して食べ、ラフな格好で俺のゲームをやっている。
 
 なんていうか、生殺しだ。
 こんなんじゃ、他に好きな人を作ることもできない。
 
 里美の後姿を見ながら思う。
 
 やっぱり、俺は里美のことが好きなんだと。
 
「……なあ、里美」
「んー?」
 
 ゲーム画面を見ながら、振り向きもせずに返事をする里美。
 
「俺と付き合ってくれないか?」
 
 俺がそう言うと、ゲーム画面で里美が操縦していた飛行機が墜落してゲームオーバーの文字が表示された。
 
「……だからさ。キョウとは恋人同士なんて嫌なんだって」
 
 振り向かずに里美はそう言った。
 
「……そう、だよな」
 
 やっぱりダメか。
 
 それにしても、なんで恋人同士になるのが嫌な男の家に、こうやって来るんだ?
 本当に里美の気持ちがわからない。
 
 そんなことをぼんやりと考えてると、里美が大きくため息は吐いた。
 
 そして、立ち上がって俺の方を見て、ビシッと指を指した。
 
「あのさあ、いつになったら気づくわけ?」
「……な、なにがだ?」
「私は、恋人同士は嫌って言ってるの!」
「あ、ああ……」
「……だから、その……結婚相手が良いって言ってるの!」
「……は?」
「覚えてないの!? 私、将来はキョウちゃんと結婚したいって!」
「お、覚えてるけどさ……」
「ならなんで、プロポーズしてくれないのさ! それくらい察してよ!」
「いや、無理だろ!」
 
 ホント、里美が何を考えているのかわからない。
 斜め上過ぎる。
 
 
 そして、それから2年後。
 俺たちは結婚した。
 
 終わり。

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