チャーリー・バロットと墓場の女王⑭

チャーリー・バロットと墓場の女王

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王の秘密

朝。
墓石に寄りかかって居眠りしているニナの頭にチョップをかまして起こし、そのままアメリアの屋敷に向かう。
屋敷内には人気がなく、僕が歩くコツコツという音が響く。
執務室の前で立ち止まり、ノックする。

「入れ」

中からアメリアの声がしたのを確認し、ドアを開けた。
どデカくて高そうな黒い机に向かっているアメリアの顔には疲れが見える。
オーイットから来た貴族ゾンビの尋問が進んでないのだろう。
見ていた書類を机に放り出して椅子に深く寄りかかって、金色の綺麗な髪を掻き上げながら僕の方へ視線を向けた。

「なかなか調査が進まん。ランシエの部下というのが口の達者な奴でな。邪魔されてばかりだ。いっそバラバラにして野良犬に食わせようか考えてる」
「……」

こいつなら本当にやりそうだから怖い。

「墓荒らしの件で、住人がかなり減ったせいでトラボルタ墓地の経済はガタガタだからな。なんとかあの貴族から秘密を聞き出し、オーイットから金をむしり取ってやろうと思ったんだが……。なかなかうまくいかないものだ」
「あまり物騒なこと考えるなって。って、そんなに貧乏になってんの、この街?」
「あたしがなんのために朝通し仕事をしてると思ってるんだ?」

アメリアの目の下にはくっきりとクマができている。最近はほとんど寝てないのだろう。
目頭を揉みながらアメリアが呟く。

「住人からどう、金を搾り取ってやろうかを考えるのもなかなか大変だ」
「お前、ホント最低だよな」
「で? 何の用だ? あたしは貴様と世間話をしているほど暇じゃないのだが?」
「まあ、そうカリカリするなよ。僕の方は進展あったんだぜ」
アメリアの横に行き、目の前に金色の直径十センチで、鷹の絵が彫られたコインを置く。
「ほう……」

身を乗り出して、コインを手に取り眺める。

「貴様にしては仕事が早いな。少しだけ見直してやる」

そう言いながらアメリアは僕の出したコインを懐に入れた。

「これで僕の命は助かったわけだ」
「取りあえずは、な。次の命令をしくじった場合は保証できん。なにしろ、貴様はあたしの下僕だ。生かすも殺すもあたし次第だ」

ニヤっと笑みを浮かべて、立ち上がり僕の肩をポンと叩く。

「まあ、今回はよくやったな。二、三日休みをやる。ゆっくり休め」

そう言い残して、部屋を出ようとするアメリア。

「……なあ、僕に何か隠してることないか?」

立ち止まり、振り返ったアメリアは腕を組んで不敵に笑って僕の目をジッと見てくる。

「そんなもの、星の数ほどある」
「……」

思ったのとは違う言葉が返ってきた。

相変わらず生意気な女だ。
確かに、僕なんかに色々話すやつじゃないけどさ。

十七歳という若さで街の女王として君臨するには、相当大変だろう。
それに嘘も重ねてきたに違いない。
その嘘の中で、重大なことを僕は気付いてしまった。
先ほどのアメリアの反応で確信へと変わったのだ。

「お前、刻印、持ってないだろ?」
「……なんのことだ?」

笑みが消え、真顔に表情が移り変わった。
殺気すら漂わせている。
ある意味、分かりやすい。

「お前が持っているはずの、街の王……トラボルタ墓地の女王の印になる刻印を見せてくれないか?」
「必要ない」

そう言い捨て、アメリアは部屋を出ようとする。

「偽物だぜ。さっきの刻印」
「……なに?」

踵を返し、目を見開いて探るように僕の顔を見るアメリア。

「本物は全然違うぜ。一目見て、一発でわかるくらいにな」
「……階級が違うもは初めて見る……」
「どの階級も同じって話だ」
「……ふっ、ふふふふ」

肩を震わせて笑いだしたアメリアは、再び椅子にドカリと座る。

「まさか、貴様に見破られるとはな。嫌な予感はしていたが、貴様を見くびり過ぎたようだな」
「お前も酷い奴だよ。自分も見たことのないものを盗ってこいって言うなんてな」
「できそうな気がしたんだがな。これでも、貴様を買ってたつもりだ」
「それは買いかぶりすぎだ」
「あたしのこと……幻滅したか?」
「刻印を持ってなかったことか? 別に」
「今まで、貴様らを騙していたのだぞ。刻印があると思わせて……」
「あのなぁ。刻印の存在すら知らなかったんだぞ。それに僕は、刻印の下僕になったわけじゃねえ、アメリアの下僕になったんだ」
「本当に貴様は変わった奴だな」

一瞬だけ微笑んだアメリアは、すぐに無表情になり、立ち上がって僕の前で右手を広げた。
右手の前に光の玉が生まれる。

「言い残すことはあるか?」
「……僕を殺すのか?」
「この秘密だけはバレるわけにはいかない。街を守るためだ」
「街を守るため……か。なるほどね。この街の税金が高いのも、そういう理由か」
「なんの話をしてる?」
「……おかしいと思ったんだよ。確かに、この街は無駄に立派だし、お前も多少は贅沢してる。けど、それでもあの税金の高さは有り得ない。釣り合いが取れない。……お前、魔力を買ってたな?」
「刻印がないんだ。街の奴らを従わせるには力が必要だろ」

金で買った膨大な魔力。
その魔力で権力を維持して来たアメリア。
力こそが全て……拠り所としていたのだろう。

こいつらしいっちゃ、こいつらしい。
……でも、

「お前さあ、もう少し街の奴らを信用したらどうだ?」
「……どういうことだ?」
「さあね。自分で考えろよ」
「本当に生意気な奴だな」

アメリアが右手をグッと握ると光の玉がパンと弾けた。

「チャーリー・バロット。一つ、取引をしてやる。この秘密を守るなら生かしておいてやるぞ」
「お前らしくないな、取引なんて。僕はお前の下僕なんだぜ? お前の命令を聞くのが僕の仕事だ」
「くっくっく。……あっはっはっは」

腹を抑えて笑い出すアメリア。
無邪気に笑うその姿は十七歳そのものに見える。
その姿を見て、ぼくはアメリアが今まで誰にも頼らず、無理して生きてきたのだとぼんやりと思った。

……あ、死んでるんだっけな。
ああ、もう、ややこしい。

数分笑い続けたアメリアは、またいつもの不敵な笑みを浮かべて僕を見る。

「チャーリー・バロット。あたしの秘密は死んでも話すな。これは命令だ」
「了解だ。……やっとお前らしくなったな」
「下僕のくせに、主人を『お前』呼ばえする……。貴様らしいな」

お互いの顔を見て笑い合う。
そして、僕は思った。
こいつの下僕も悪くないって。

「もう一つ、貴様に命令がある」

アメリアの笑みが心底意地の悪いものに変わった。

背中にじんわりと汗が流れる。
嫌な予感。

「今度は本物の刻印を盗って来い。期限は六日。失敗したら命は無いと思え」

……前言撤回。
本当に最低のご主人様だ。
こいつの下僕なんてやってられない。

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