チャーリー・バロットと墓場の女王⑰

チャーリー・バロットと墓場の女王

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ランシエの理由

窓から見下ろす夜の街は、もう、どうしようもなく陽気な雰囲気だった。
上で必死に奴隷が働いている中、こいつらは何も考えずにただただ贅沢を満喫しているようだ。

「飲まないのですか?」

声をかけられ、テーブルの向かい側に座っているランシエの方に視線を戻す。
すると、目の前にあるトロピカルなジュースを手にとってストローに口をつけて、ちょびっとずつ飲んでいるのが目に入った。

酒場……とは違う。
もう少しおしゃれな感じの店に入っている。
僕の目の前にもランシエと同じトロピカルなジュースが置いてあるが、あまり飲む気がしない。

「一応、この前のお礼のつもりなんですが」
「この前? ああ、ラーメンか。気にすんなよ。あれは僕が奢りたかったから奢ったんだぜ」
「貸しを作るのは不快ですから」
「はいはい」

僕はストローを取って、一気にぐいっとトロピカルなジュースを飲み干す。

「……男らしい飲み方ですね」
「ん? そうか?」
「……」

ランシエも僕の真似をして、ストローを外して一気に飲み干した。
その後、また沈黙が降りてくる。

この距離感、なんとかならないのかな。
僕としては人生初めての男友達だから、もう少し仲良くしたいところだけど……。

友達という言葉に、一瞬、ボブの顔が頭に浮かんだが……あいつはゾンビだし。
ノーカンってことで。

ふと、朝のランシエの行動を思い出し、気分が滅入る。
ランシエはあの後、地上に常駐している警備兵を呼んであのゾンビを鉄の四角い建物に戻させた。
どうしても、連れて行かれる際に僕に向けた悲痛な顔が頭の中に浮かぶ。

そして、昨日の夜、貴族ゾンビが連れて行かれる際に僕が問いかけたことに対して「……何も知らないくせに」と言って、悔しそうな顔をしたランシエの表情も同時に思い出す。

きっと、こいつも悩んでる。
こんなこと間違ってる。
馬鹿げてる。
異常だって気づいてる。

「なあ、ランシエ。うちに……トラボルタ墓地に来ないか?」
「え?」

一瞬、目を丸くするがすぐに鋭い視線を向けて警戒心を露にする。

「何を企んでいるんです?」
「別に、何も。お前だって、苦しいんだろ? 地上で奴隷が働いてる、この異常な街にさ」
「確かに、このオーイットは他の街から見たら、少し強引なところがあるかもしれません」
「少しじゃねーって」
「オーイットはずっとこうして繁栄してきたんです。ぼく一人の感情なんて邪魔なだけです」
「来いよ、ランシエ」
「え?」
「僕、男友達がいないって言っただろ? お前が来てくれたら、嬉しいんだけどな」
「男の友情……というやつですか?」
「そ、そうそう! それそれ!」

なんか、いい響きだ!
これだよ、僕が求めていたのは!
このゾンビだらけの世界で一筋の光が差したようにすら感じた。

「嬉しい申し出ですが……」

ランシエは真っ直ぐ僕の目を見て、言い放った。

「ぼくはガンツ様を裏切ることはできません」
「なんでだよ!」

思わずテーブルを叩いて立ち上がってしまう。
一気に店内の貴族ゾンビの視線が集まる。
僕は咳払いをして、椅子に座りなおす。

「どう見ても、あのガンツって奴はカリスマ性があると思えんぞ。逆に悪の帝王って感じだろ。現に奴隷制度作り出してるんだからさ」
「ガンツ様を悪く言うのは止めてくれませんか」
「わかんねーな! あんなやつの何がいいんだよ」
「ええ。わからないでしょうね。男らしいあなたには」

大きく息を吐いたランシエはテーブルの上に右腕を乗せて、袖をまくる。
白く、細い華奢な腕だった。

「見てください。この情けない腕を。女の子のようです」
「……いや、もっとモヤシの奴、いるって」

だが、僕の言葉はランシエには届かない。

「ぼくは強い男になりたい。誰にも負けない、大切なものを守れるような。そんな男になりたいんです。ぼくの細い腕じゃ何も救えない。ぼくの家族は、体の弱かったぼくのせいで壊れてしまった。大切なものが壊れるのは二度と見たくないんです」

ランシエの深い根っこの部分。
きっと生きていたときのことだろう。

「それがガンツとどういう関係があるんだよ」
「約束してくれたんです。体をくれると……」
「体を?」
「元の姿に戻るのはお金を貯めればなんとかなります。ですが、別の体を手にれるとなると話は違ってきます。ぼくは必死にその方法を探したのですが、見つけることはできませんでした。そんなときです。ガンツ様がぼくの前に現れてこう言ったんです。『私の言うことを聞けば、新しい体をやる』と」
「嘘……とかじゃないのか?」
「ぼくもそこまで馬鹿じゃありません。よくよく調べたら、王たちにだけ許された特権というものが存在するんです。その中に転生……体を入れ替えるなどの権限がありました」
「それなら……」

アメリアに言えば何とかしてくれるんじゃね?
と思ったけど、あいつ刻印すら持ってねーんだった。
くそ、いざってときに使えない奴だな。

「ぼくにとってあの方は神のような存在なんです」

……悪魔って方がしっくりくるけどな、とは言えなかった。

あっという間に三日が過ぎ、オーイットから出国する日がやってきた。
僕はあれからどうランシエを説得していいか分からず、結局、あの日から顔を合わせなかった。

「もう帰っちゃうの? 寂しいわぁ……」
ガンツが僕の手をぎゅっと掴んで胸元に持っていく。固い筋肉の感触。

実に不愉快な感触だ。

「それではガンツ様、行ってきます」
「はいはい」

ランシエには興味なさそうにシッシと追い出すように手を振る。
ガンツの方はあまりランシエをよく思っていないような節があった。

「ねえ、このままオーイットにいなさいよぉ」

体をクネらせ、一向に僕の手を離してくれない。
なんだ、この拷問は?

「もう二度と来ないから安心してくれ」

強引に手を引き抜くと、ガンツがクスクスと笑う。

「意地張っちゃって。まあ、いいわ。すぐに私のモノになるんだから」

このおっさんは完璧に脳みそが腐っているようにしか思えない。
僕がこいつの下につくなど、死んでも有り得ない。
……この死後の世界でも有り得ない!

「あ、ランシエ、待ちなさい。肝心の物を忘れてるわ」

部屋から出ていこうとするランシエを引き止める。
懐から銀色の丸いメダル……恐らく刻印だろう物をランシエに渡していた。

あれ?
デカイな。
ランシエの刻印ってあんな大きさだっけ?

「ガンツ様、こやつの記憶を消さねば……」

ガンツの横にかしずいていた護衛兵ゾンビが僕の方を見て言う。

記憶を消す?
そんなことができるのか?

「あら、危ないわね。あーあ、残念だわぁ。私とのひと時も忘れさせちゃうなんて」

ランシエから再度、刻印を奪い取り、それを掲げるガンツ。

「えっと、一人だけの記憶を消すのってどうだったかしら? あー、もう面倒ねぇ。この部屋にいる全員の記憶を五日前まで消しちゃいましょうか」
「え? ガンツ様、それは……」

止めようとする護衛兵ゾンビの話を聞くことなく、ガンツは高らかに言い放つ。

「命令です! 今日から五日前までの記憶を消しなさい!」

あまりにも、無茶苦茶な命令だった。
アメリアだって、そんな馬鹿な命令はしない。
……だが、ガンツが持っている刻印が光ると――。

「うう……」
「ああ……」

部屋にいる、僕とガンツ以外のゾンビがパタリと倒れる。

マジか!
なんだ、その胡散臭い感じ!
劇か、何かか?

とにかく、こういうときは周りに合わせるのが一番。
これが世渡りのコツだ。

「うおっ……」

僕もフラフラと体を揺らがせ、倒れてみせる。

「あれ? 我々は一体……」

立ち上がったゾンビたちは不思議そうに辺りを見渡している。

君たち、大変だね。
いつも、こんな茶番に付き合ってあげてるんだ?
ホント、偉い奴って脳みそイってるのが多いよな。

ゾンビたちが頑張ってるのに台無しにしても忍びないから、僕も記憶が消えたフリをした。
僕って優しいだろ?

「それじゃあ、またね」

部屋を出る際にガンツから投げキッスをされた。

うぇ……。気持ち悪い。
こいつとは二度と会いませんように。

そう心の中で、誰かにお願いをした。
だが、皮肉にもガンツの言うとおり、すぐに顔を合わせることになったのだ。

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