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私が予知夢を見ているって気づいたのは15歳くらいの時だ。
あんまり頻繁に見るものじゃなかったし、デジャブくらいのものだと思い込んでいた。
なんか、この場面、見たことあるなぁ、と思うくらいで全然、気にしてなかったのだ。
気づいたきっかけは家で飼っていたインコが逃げたとき。
籠から出て、逃げていくまでの流れが、昨日見た夢と全く一緒だった。
そのときから、もしかしたらと思って夢と現実を注意して見るようにした。
それで私は予知夢を見ていると確信できた。
とは言っても、そんなに深刻な予知夢を見ることはない。
精々、電車に乗り遅れるとか、売店のパンが売り切れるとか、授業中で当てられるとか。
そんな他愛のない夢ばかり。
それでも私は色々と実験を重ねた。
それは――予知夢を変えることができるのか?
というものだ。
例えば、電車に乗り遅れる夢を見た場合は、しばらくは早起きをしてみたり、パンが売り切れる夢の場合は急いで売店に行ったり、授業で当てられる夢を見た時は学校を休もうとしてみたりと、色々試してみた。
結果は無理ということがわかった。
いくら早起きしたところで、忘れ物をして家に取りに帰ったり、そもそもパン自体が入荷してなかったり、学校を休もうとしてもズル休みだと見破られたり。
とにかく、こっちが色々と手を尽くしても、変えられたことは一度もなかった。
だから、私は予知夢を受け入れることにした。
大した内容の夢を見ることもなかったし。
逆に、嫌なことでも前もって覚悟ができるので便利だと思い込むようにした。
なにより、予知夢は悪いことばかり見るわけじゃない。
もちろん、いい予知夢だってある。
そして、予知夢を受け入れられたのは、私にとって最高の予知夢を見たからだ。
それは2歳年上で近所に住む、お兄ちゃんみたいな存在の雪斗くんとの夢。
大人っぽくなった雪斗くんと、私が並んで歩いていて、その間には小さな子供がいる。
そんな予知夢。
だから、私にとって、予知夢は変えられないか、というよりは変わることはないのか、という意味で、色々と実験したのである。
予知夢は変えられない、変わらないということがわかったので、逆に安心したわけだ。
「お兄ちゃん、勉強教えて」
「……宿題やるの手伝っての、間違いだろ?」
「へへへ。バレたか」
「お前なぁ。なんで毎回毎回、休みの終わりに手伝わないとならないんだよ」
「えー、いいじゃん。お兄ちゃんならすぐ解けるでしょ?」
「そういう問題じゃない!」
雪斗くんとのいつも通りの日常。
雪斗くんとは家族ぐるみでのお付き合いをしている。
それは言ってしまうと、親公認ということだ。
夏休みや冬休みみたいに長いお休みの時は、泊まりで遊びに行ったりもしている。
まあ、別に何もないんだけどね。
私としては、いつも進展を期待して、アプローチをしてみるんだけど、全部スルーされてしまう。
そうなってくると、少しだけ不安になってくる。
私には異性としての魅力がないんじゃないかって。
だから、私は一生懸命、自分磨きをした。
ファッションやダイエット、男の子が喜ぶコツなんかも研究してみた。
その甲斐あってか、クラスの男子から告白されたことだってある。
もちろん、断らせてもらったけど。
でも、告白されたってことは女としての魅力はあるってことだよね?
いつかきっと、雪斗くんは振り向いてくれる。
そう信じて私は自分磨きを続けた。
だけど、そんなある日のことだった。
「……ごめん。その告白は受け入れられない」
予知夢を見た。
私が雪斗くんに告白して、フラれる夢だ。
一気に血の気が引く。
……どうして?
頭の中が真っ白になる。
そんなの、嫌だ!
なにかの間違いだ。
そう思った。
思い込もうとした。
だけど――。
私は見てしまった。
雪斗くんと女の人が一緒に歩いているところを。
そして、その女の人と雪斗くんがキスしているのを。
私はその場から逃げるようにして離れ、自分の部屋に閉じこもった。
ボロボロと涙が流れる。
泣いても泣いても、涙が溢れ出してくる。
涙と一緒に、雪斗くんのことが好きだという感情も溢れてきた。
私は泣くことしかできなかった。
考えることも、あがくこともできず、ただ泣き続けるだけの日々。
学校も1週間以上、休んでしまった。
そんな私のことを心配してか、親が雪斗くんに相談したらしい。
軽くドアがノックされる。
「入るよ」
優しい雪斗くんの声。
ゆっくりとドアが開き、雪斗くんが入ってくる。
泣き過ぎて、もう出ないと思っていた涙がまた溢れてきた。
「……何か、あったのか?」
雪斗くんを目の前にして、私の感情は抑えきれなくなる。
雪斗くんと一緒にいられなくなるのは嫌だ。
ずっと、一緒にいたい。
「……私、雪斗くんのこと、好きなの」
言ってしまった。
雪斗くんを前に感情を抑えることができなかった。
雪斗くんは目を丸くして驚いた後、私から視線を外して俯いた。
「……ごめん。その告白は受け入れられない」
予知夢と同じ台詞だった。
やっぱり、予知夢は変えられない。
「俺はずっと、お前のことを妹だと思ってきた」
残酷な言葉。
私は異性としてさえ、見て貰えていなかった。
だけど。
「……そう思い込もうとしてきたんだ」
「え?」
「俺はさ、お前に兄としか思われてないんだと思ってた」
「……」
「だから、傷つかないように、俺はお前のことを妹だって自分に言い聞かせてたんだ」
「私は……ずっと、雪斗くんのこと……」
「……格好悪いよな。勝手に思い込んで、勝手に諦めてた」
そして、雪斗くんが私のことを真っすぐ見る。
「ごめん。お前からの告白を断った上で、俺から言わせてくれ」
雪斗くんが深呼吸をする。
「お前のことが好きだ。俺はずっとお前と一緒にいたい」
私は雪斗くんの胸に飛び込む。
雪斗くんはそんな私のことをしっかりと抱きしめてくれた。
あとから雪斗くんに話を聞いたところ、一緒に歩いていた女の人は強引に付き合わされていたらしい。
キスも突然されて、戸惑ったと言い訳していた。
もちろん、私はそのことを怒り、雪斗くんに謝って貰った。
そして、あの日以降、私は予知夢を見ることはなくなった。
これからは予知夢に頼るんじゃなくて、自分の意思で人生に抗うつもりだ。
この先も、ずっと雪斗くんの隣にいるために。
終わり。
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