君からの手紙

短編小説

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「どんなに離れてても、心は一緒だからな」

就職が遠くに決まり、遠距離恋愛になったときに言った、彼の言葉だ。

そのときは少しくさいセリフだなって思ったけど、嬉しいという気持ちの方が勝っていた。
私も、同じ気持ちだったから。

私は地元の会社に就職が決まったせいもあり、お互いが社会人ということで会える機会は本当に少なくなった。

遠距離恋愛ってことで覚悟はしていたけど、思っていたよりも心が疲弊していく。

思い出すのは大学のときのこと。
毎日、当たり前のように会って、いっぱい話をした。
色んなところにも行った。

隣にいることが当たり前だった。

今は声を聴くことさえもなかなかできない。
仕事の時間はお互い、同じとは限らないのだから。

だから、たくさんメールをした。
重荷にはなりたくなかったから、返したいタイミングで返してくれればいいとメールした。

それでも、毎日のようにメールは返してきてくれていた。

それから2年が経過したときのことだった。
彼はものすごく忙しいと言っていて、メールも1週間以上途切れることも少なくなかった。

そして、その頃からだろうか。
彼のメールが妙によそよそしくなった気がする。

今までは仕事のことや、休みの日には何をしたとか、大学の思い出話とかが多かった。
だけど、その頃から友達と遊びに行ったとか、飲み会があったとか、後輩の相談を受けているとか、そういう内容が多くなっていく。

私が思い出話をしても、話に乗ってくれなくなった。
次第に、メールを返すのが面倒くさいというなことを遠回しで言われる。

私の心が蝕まれていく感覚がした。

このままじゃ危ない。

そう思って、私は電話で話したいとメールを送った。
だが、忙しいと返事が返ってくる。
飲み会や後輩と遊びに行ったとメールが来ていたのに。

それでも私は諦めたくなかった。
彼が好きだったから。
遠くにいても、心は一緒だという言葉を信じたかった。

すると、今度は私に対して、文句を言うようになった。
ウザい、重い、怖い、引く。

完全に彼の心から、私が消えたと感じた。
心も遠くに離れてしまったのだと。

そして、そう感じたことは間違いではなかった。

「別れてくれ」

その一文だけが送られてきた。

私はすぐにメールを返したが、メールが戻ってくる。
それはつまり、アドレスを変えたことを意味した。

電話をかける。
着信拒否をされていた。

私はどうしていいかわからなかった。

それがきっかけで、私はストレスにより体調を崩し、会社を退職することになる。

そして、ふと思う。
この会社に通うために、彼とは遠距離恋愛になった。
言ってしまえば、彼よりも会社を優先していたということに気づく。

最初から、彼について行けばよかったんだ。
彼と暮らしながら、頑張ってあっちで仕事を見つければよかった。

そこで私は決心した。
もう一回、彼に会いたい。
会って、ちゃんと話したい。

私はすぐに彼が就職した場所へと向かった。

だが、彼を見つけることができない。
聞いていた住所も既に引っ越した後だった。

そして、彼が務めていた会社は、なんと1年以上前に退職していることを知った。

私は混乱する。
1年前と言えば、ギクシャクし始めていたが、まだメールを頻繁にしていた頃だ。

その頃は飲み会や後輩の話をしていた。
メールの中で転職したなんて書いてはいなかったのだ。

隠していたとも考えられるが、そんなことをする意味がわからなかった。

そこで私はできる限り友人に連絡を取った。

「え? 何言ってるの? 彼、亡くなったじゃない」

頭が真っ白になった。

死んだ?
どうして?

「病気だったみたいだよ。なんの病気までかは聞いてないけど」

同窓会を企画した際に、彼の親から連絡があったらしい。

私はすぐに彼の実家へと向かった。

「黙っててくれと口止めされていたんだ」

彼のお父さんは深々と頭を下げた。

彼は癌だったらしい。
会社で、過労で倒れたとき、病院で検査したところ、癌が発見された。
しかも、すでに進行していたのだという。
そのとき、医者に言われたのが余命1年だったとのことだ。

「……会わせてもらえませんか?」

私がそういうと仏壇がある部屋に案内してくれた。

彼の遺影。
その笑顔を見た瞬間、私は涙が溢れた。

そして、私は理解した。

彼は私を傷つけないために、わざとああいうメールを送ったのだと。

私が彼を嫌いになるように仕向けた。
別れることで、私が彼を忘れるようにしたんだ。

「別れよう」

あのメールが来た日は、彼の命日だった。

色んな感情があふれ出す。

思えば彼はそういうところがあった。
どこか抜けているような、考え方が斜めなところがあった。

今回だって、そうだ。

私を傷つけないようにするために、私のことを傷つけた。

「そんなの優しさじゃないよ」

最後は一緒にいたかった。
愛してると伝えたかった。

……でも、もし、立場が逆だったとしたら。
おそらく、私も同じことをしていたかもしれない。

「どんなに離れてても、心は一緒だからな」

彼の言う通りだ。
ずっと私たちの心は一緒だった。

お互いを思う気持ちは同じだった。

いつかは心も離さなけれならない。

でも、もう少しだけ、彼の心と一緒にいようと思う。

終わり。

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