セシリアは黒色が好きだった。
なぜなら、すべての色を塗りつぶすことができるからだ。
そのことに気づいたのは3歳の頃。
両親に絵描き用の画用紙を買い与えられたとき、そのすべてを真っ黒に塗り潰した。
そんな異様な様子を見て、両親はあっさりとセシリアを捨ててしまう。
元々は戦場孤児。
痩せこけ、路上で死にかけたところを、金持ちの道楽で拾われただけだった。
だからこそ、可愛くないと思えば、捨てることに躊躇はなかった。
そのあと、すぐにセシリアはある組織へと拾われる。
暗殺を生業とする、特殊な組織へと。
「セシリアさん、おはようございます!」
孤児院の玄関の前を掃き掃除していたセシリアに、赤いバラを持った少年、イーサンが声をかけてくる。
組織に拾われ、7年間の特殊な訓練を受けた後、5年もの間、暗殺を遂行してきたセシリア。
任務がないときはこうして、孤児院の手伝いをしているのだ。
「おはよう、イーサン」
「これ、プレゼントです」
イーサンがそう言って、バラを渡してくる。
「ねえ、イーサン。毎回毎回、何か用意する必要はないのよ?」
「で、でも……。僕はセシリアさんのために、なにかしたいんだ」
純粋無垢な瞳でセシリアを見るイーサン。
そんなイーサンを見て、セシリアの中のどす黒い感情が、渦巻いていく。
「……ありがとう、イーサン。でも、無理はしないでね」
「う、うん」
バラを受け取るセシリア。
イーサンはある富豪に拾われ、養子となった。
セシリアを捨てたあの夫婦が、数年後、今度は赤子を引き取ったようだ。
年は10歳だと言っていた。
イーサンは両親の愛を素直に受け、まっすぐに育った。
セシリアと違って。
そして、イーサンの両親はセシリアを捨てた後ろめたさのためか、孤児院に寄付をしている。
それが、セシリアのいる孤児院というのが、なんとも皮肉な話だ。
つまり、イーサンは孤児院に寄付してくれるパトロンの息子ということになる。
セシリアも邪険にするわけにはいかないのである。
「僕も何か手伝わせてよ」
「ありがとう。そしたら、子供たちと遊んであげてくれない?」
「うん、わかった」
そう言って、孤児院内に入っていく。
純粋なイーサンは子供たちにも人気がある。
子供たちと遊んでいる姿は微笑ましく、セシリアもつい、笑みを浮かべてしまうほどだ。
そんなとき、孤児院のポストに配達員が手紙を入れていく。
「……」
セシリアはポストから手紙を出す。
真っ黒な封筒。
その中には任務の内容が書かれている。
真っ黒の服に身を包み、闇夜を進むセシリア。
要所要所に立っている見張りを難なく潜り抜け、屋敷内へと入る。
武器商人の家。
敵国に武器を送り、紛争を激化させようとしているのを、組織に目をつけられたわけだ。
武器商人は何やら祝いをしていた。
どうやら、子供の10歳の誕生日祝いらしい。
セシリアは、まずは屋敷の中の明かりを消して、真っ暗にする。
戸惑う武器商人の男とその妻の喉を搔っ切る。
倒れる男とその妻。
「お父さん! お母さん!」
子供が両親に駆け寄る。
子供はおしゃれでカラフルな色の服を着ている。
そして、さっきまでこの子供は幸せの絶頂にいたはずだ。
それをセシリアは絶望という黒で染めた。
キラキラと輝く、幸せの色を黒で塗り潰した。
その快感で身を震わせるセシリア。
この瞬間こそが、セシリアの生きる喜びになっていた。
子供も始末して終わり。
ナイフを子供の首にピタリと当てる。
泣きじゃくった顔をセシリアに向ける子供。
そのとき、なぜかその子供の目がイーサンと重なった。
戸惑うセシリア。
すぐに警護の人間がやってきたため、セシリアはその場を後にしたのだった。
「……らしくない」
そう、つぶやいて。
数ヶ月後。
セシリアは顔を洗った後、いつも通り孤児院の玄関の掃除を始める。
「セシリアさん、おはようございます!」
そして、いつも通りにイーサンがやってくる。
その手にはカーネーションが握られていた。
「これ、セシリアさんへのプレゼントです」
そう言って、カーネーションを渡してくる。
「ありがとう。……イーサンって花が好きなのね」
考えてみると、プレゼントして持ってくるのは、ほとんどが花だった。
「セシリアさんに似合うかなって思って」
そんなイーサンの言葉に、セシリアは思わず笑ってしまう。
「……黒い花なんて、あるのかな?」
「え?」
自分には色とりどりの花なんて似合うわけがない。
自分に似合う色は、黒だけだ。
そう思っているセシリア。
「イーサンは白が似合いそうね」
「そ、そうかな?」
「うん」
セシリアが笑みを浮かべると、イーサンは顔を赤くする。
純粋なイーサン。
時々、そんなイーサンが、セシリアの目には眩しく映る。
そんなときだった。
「み、見つけたぞ!」
セシリアとイーサンが声をした方を見る。
するとそこには銃を構えた子供が立っていた。
その目の奥には黒い憎悪が渦巻いている。
数ヶ月前に任務で殺した武器商人の子供だ。
「……っ!」
イーサンが、なんとセシリアを庇うように前に出る。
「イーサン、ダメ!」
「お母さんとお父さんの仇!」
子供は目をつぶりながら、引き金を引いた。
その瞬間、セシリアはイーサンを突き飛ばすことに成功した。
そして、胸を弾丸が突き抜けていく。
「あ……」
口から血が噴き出し、セシリアは倒れる。
「セシリアさん!」
イーサンが駆け寄る。
きれいな瞳から涙が溢れ出て、セシリアの顔に落ちてくる。
「セシリアさん! セシリアさん!」
イーサンが何度もセシリアの名前を叫ぶ。
「う、うう……」
イーサンの目に悲しみと憎悪の色が生まれ始める。
セシリアはそっと、イーサンの頬に手を当てた。
「お願い、イーサン。そのままの色でいて」
「……セシリアさん?」
純粋無垢な白い色。
それがイーサンだ。
「イーサン。あなたのおかげで、白くなれた」
全てを塗りつぶす黒。
セシリアの心の中は黒く染まっていた。
そんな黒を、唯一塗りつぶせる色。
それが白だ。
イーサンの純粋な白が、死に際のセシリアの心を白に染め上げる。
「……ありがとう、イーサン」
そう言って、セシリアは笑みを浮かべ、永遠の眠りについたのだった。
終わり。
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