あの頃のお姉ちゃん

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私には大好きなお姉ちゃんがいた。
4つ上のお姉ちゃん。

お母さんとお父さんは共働きで、ほとんど2人は家にいなかった。
だから、小さいころからお姉ちゃんが私の母親代わりでもあったのだ。

お姉ちゃんは優しく、厳しく、そして真面目だった。
たぶん、私の見本になるためだったんだと思う。

絵に描いたような優等生。
それが周りと私の印象だった。

そして私は、そんなお姉ちゃんに憧れていた。

それはお姉ちゃんが高校2年生になったときのことだ。

お姉ちゃんがギャルになった。
もう、ビックリするくらいのガチガチのギャル。

金髪パーマに黄金色に焼いた肌。
毒々しい色のマニュキュアを塗った付け爪。
スカートは短く、胸元を開けている。

なんていうか、絵に描いたようなギャル。

「とりま、真面目なんてダルいっしょ」

優等生だったお姉ちゃんは、ちゃんと言葉もギャルになってた。

そんなあるとき、お姉ちゃんが家に男の人を連れてきた。
21歳の大学生なのだという。

なんていうか眼鏡をかけて、真面目なタイプの人だった。
どちらかというと、昔のお姉ちゃんと似合うような人だ。

その人はお母さんとお父さんに、お姉ちゃんと正式に付き合っていて、結婚を考えていると挨拶をしに来た。

お父さんとお母さんは、最初はまだ大学生なのにと心配していたようだが、その人は将来教師になると知って、あっさりと手のひらを返した。
公務員なら安心だ、と。
昔の人らしい考え方だ。

そして、その人はもちろん、私にも挨拶しに来た。

正直、私は気に入らなかった。
こういう真面目な人だからこそ、ギャルっぽいのが好きで、この人がお姉ちゃんを変えたんだと思った。
そうじゃないと、説明がつかない。
あの真面目なお姉ちゃんがギャルになるなんて。

私はお姉ちゃんを変えられたことと、お姉ちゃんを奪っていったこの人を敵視していた。

それはお姉ちゃんにも、その人にも伝わったみたいで、何かと2人して絡んでくるようになった。

「あんたにもさ、祝福してほしいんだよね」

ギャルメイクをばっちり決めたお姉ちゃんに、遊園地に連れていかれたときに言われたセリフだ。
もちろん、そのときはお姉ちゃんの彼氏も一緒だった。

それだけじゃなく、私は2人に色々なところへ誘われた。
お姉ちゃんの彼氏は車を持っていて、結構、いいバイトをしているということで、割とお金を持っていたらしい。
お姉ちゃんも結構、バイトをしていた。

3人で過ごすうちに、私の中のわだかまりは段々と解けていった。
嫉妬が、楽しい思い出に塗り潰されていく。

この人が将来お姉ちゃんと結婚し、私のお兄さんになる。
そう考えると嬉しいと思うようになっていた。

いつしか、私はその人に会えるのを楽しみにするようになっていた。

それから2年が経ち、お姉ちゃんは高校を卒業して就職し、あの人は教師になった。

そろそろ結婚。
そんな話が持ち上がった頃、お姉ちゃんが事故で亡くなった。

幸せの絶頂から一気に地獄に突き落とされた感覚だった。

受かったばかりの高校にも通う気にならない。
毎日を泣いて過ごしていた。

そんな私を心配してか、あの人は私のところへ通っていた。
本当は自分の方がつらいくせに。

「君のこと、頼まれていたからさ」

その人は悲しそうな笑顔でそう言った。
きっと結婚してからも、私のことをないがしろにしないでほしいと言っていたのだろう。

毎日のように、あの人は家に来て、私を励まそうとしてくれた。

……いつまでもこんなんじゃ、お姉ちゃんが安心して成仏できない。

私は前を向く決意をした。
ずっと休んでいた高校にも通うようになった。

それでもまだ私のことが心配なのか、ときどき、あの人は私の様子を見に来てくれた。

そして。
そんなある日、私は気づいてしまった。

その人のことを好きになっていたことに。

その人は顔では笑っているが、まだお姉ちゃんを失ったときの傷が癒えていないことは私でもわかった。
確かに、私はその人のことを好きになっていたけど、それよりも私にしてくれたことへの恩返しがしたかった。

立ち直ってほしい。

今度は私があの人を元気付ける番だ。

私は必死に、あの人からお姉ちゃんを失った傷を癒そうとした。
といっても、色々と遊びに連れまわすくらいだけど。

でもやっぱり、いつまで経っても、あの人の傷は癒えない。

そして、お姉ちゃんが死んで2年が経ってしまった。

だけど、私はある意味、この時を待っていた。
高校2年生。

私はイメチェンした。
ギャルに。

金髪パーマに黄金色に焼いた肌。
毒々しい色のマニュキュアを塗った付け爪。
スカートは短く、胸元を開けている。

「チョリーッス!」

ちゃんとギャルの言葉も勉強した。

お姉ちゃんを失った傷が残っているなら、私がその傷を埋めればいい。
そう考えたのだ。

「とりま、立ち直ってくれない?」

最初、私の姿を見たとき、あの人は口を開けて呆然としていた。

そして、そのあと、笑い出した。
あの人が笑い声をあげて笑うなんて、お姉ちゃんが生きていた時以来だ。

一際、笑ったあと、あの人は寂しそうに微笑んでこう言った。

「さすが姉妹だね」

このとき、はじめてあの人はお姉ちゃんのことを語ってくれた。

「あいつに会ったのは、俺が教育実習であいつの学校に行った時だ。出会ったときのあいつは絵に描いたような優等生だったよ。君も知ってるだろ?」

そして、お姉ちゃんはあの人に告白した。
だけど、そのときは断ったらしい。

「そしたらさ、数日休んだかと思ったら、いきなりギャルになってたんだよ。あれにはビックリしたね」

どうやら、私が思っていたことは外れていたらしい。
ギャルになったのはお姉ちゃんの意志だったのだ。

「一体、どうしたんだと思って、俺はあいつに話を聞こうと、何度も相談に乗ったんだ。……で、そうしてるうちに、俺は……あいつのことを好きになってたんだ。まんまとやられたってわけだ」
「じゃあ、お姉ちゃんがギャルになったのって……」
「そう。俺の気を引くためだったんだろうな」

そう言って笑う。

「……ありがとう。君のおかげで目が覚めた。いつまでも、ウジウジしてたら、あいつに怒られちまう」

そのとき、あの人はどこか吹っ切れたような表情をした。

「だから、君も無理にギャルになる必要はないよ」

だけど、私はその言葉に首を横に振る。

「私、やめないよ、ギャル」
「え?」
「そうすれば、私のこと、気にしてくれるっしょ?」

するとあの人は困った顔をした。

「君は、あいつの代わりになろうとしなくていい。無理しなくていいんだ」
「でも、私は、あなたのことが好き」
「……それは、きっと、あいつの代わりになろうとして、好きだと思い込んでるだけだよ。俺のために、俺を好きになる必要はない」
「……わかった。私、もうお姉ちゃんの影を追うことをやめるよ」
「うん。俺も、あいつの影を追うことをやめる」
「……1つお願いがあるんだけど」
「なに?」
「本当にそう思ってるなら、彼女を作って」
「え?」
「そうすれば、私、諦められるから」
「……わかった」

そう言って、あの人は真剣な目で頷いた。

それから3年後。

私はあの人と結婚した。

終わり。

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