私は今まで風邪なんて引いたことがなかった。
冬に川に落ちても、風呂上りに下着のままの状態で寝落ちしても、夜通しで遊んで徹夜しても。
熱なんて出たことはなかった。
だから、中学生になった今でも、病院なんて怪我以外で行ったことはない。
それが私の唯一の自慢なのだ。
なのに。
それなのに。
「う、うう……」
「お前が風邪引くなんて、ホント珍しいな」
そう言って、オデコの冷えピタを変えてくれたのは、隣に住む祥平だ。
私と一緒で、馬鹿だけど体が丈夫というのが取り柄の男の子なのである。
……あーあ。
これで祥平に勝てるものがなくなっちゃったな。
ちなみに、祥平は去年、インフルエンザにかかって熱を出して、学校を休んでいる。
だから、私はことあるごとに「私の方が丈夫だ」とマウントを取っていた。
だけど、もう、それは使えない。
また、何かマウントを取れるものを探さなくては。
「食欲あるか? 何ならおかゆ作ってやるぞ」
「……え? ちょっと待って。祥平、おかゆ作れるの?」
「いや、なんだよ、その驚いた顔は? おかゆくらい誰だって作れるだろ」
「……」
私は作れない。
作れるのはカップ麺だけだ。
インスタントラーメンでも危ないのに。
くー。
またも、祥平に負ける要素が出てきてしまった。
「いや、でも、いいよ。いらない」
「遠慮するなって。キッチン借りるな」
そう言って、部屋を出ていく祥平。
なんていうか、心苦しい。
いくら今日は土曜日で学校が休みだからといって、一日、ずっと祥平に看病されている。
なんていうか、これ以上、負い目を感じたくないんだけど。
……って、あれ?
私は妙に体が軽くなったことに気づく。
気のせいかな、と思いつつも体温計で熱を測ってみる。
平熱。
「っしゃー! 治った!」
どうやら、さっき飲んだ解熱剤が効いたらしい。
私はベッドから跳び起き、思い切り、伸びをする。
そして、窓を開ける。
見たか、風邪め。
速攻で治してやったんだから!
ざまあみろね。
証拠に見なさい、窓を開けても寒くない!
寒く……。
「はっくしょん!」
私がくしゃみをすると同時に、祥平がお盆を持って部屋に入ってきた。
「お、おい! なにやってるんだよ!」
「祥平、聞いて! 私、治ったのよ!」
「……何言ってるんだよ。そんなに早く治るわけないだろ」
「いや、ホントだよ」
「顔赤いぞ。また熱出てきたんじゃないのか?」
「え?」
祥平にそう言われて、オデコに手を当ててみる。
熱い。
すると急に体が重くなってくる。
「うう……」
仕方なく、ベッドに戻る。
「ったく」
祥平は一旦、机にお盆を置いた後、窓を閉める。
「けど、まあ、空気の入れ替えにはなったか」
そう言って、お盆の上に置いてある、おかゆの入ったお椀を手に取った。
そして、レンゲに一口分、取ってこっちに向けてくる。
「ほら、あーん」
「ちょちょちょ! なにやってんのよ!」
「なんだよ、人が食べさせてやろうとしてるのに」
「じ、自分で食べれるわよ」
「なに、恥ずかしがってんだよ」
「はあ? 恥ずかしがってなんかないし」
「なら、口開けろ」
「……あーん」
私が口を上げると、祥平がレンゲを口の中に入れてくれる。
美味しい。
祥平のおかゆは凄くおいしかった。
また祥平がおかゆをすくって、レンゲを口に持ってくる。
「ほら、あーん」
「あーん」
祥平に食べさせてもらう。
チラリと祥平を見る。
いつもバカばっかり言う祥平が、今は真面目な顔をしている。
そんな祥平を見ていると、なんだか心臓がドキドキしてきた。
熱も上がっていく気がする。
どうして?
祥平を見たら、なんで風邪が酷くなるのよ!
そう思った時、私はハッとした。
もしかして、これって……。
――恋?
いや、でも、祥平に?
まさか。
「なにやってんだよ、ほら、あーん」
「あ、あーん……」
祥平におかゆを食べさせてもらう。
ドンドン、胸が苦しくなる。
なんなのよ、これ。
おかゆを食べ終わると、祥平は市販の薬を持ってきてくれる。
私は薬を飲んで、毛布を顔の上まで被る。
祥平は何か言うでもなく、夕方までずっと私の部屋にいてくれた。
そして、私は観念した。
うん。これは恋だ。
その夜、私はさらに熱が上がった。
お母さんに連れられて病院に行くと、インフルエンザと言われる。
そして、1週間後。
私は完治した。
「おう、治ったようだな」
「うん、もう完全復活!」
「大げさだな」
祥平が笑う。
ジッと祥平の顔を見てみる。
……あれ?
大丈夫だ。
胸もドキドキしないし、熱も上がらない。
そっか。
やっぱり、あれはインフルエンザで、恋の病なんかじゃなかったんだ。
「あはははは。残念でしたー!」
「ん? 何の話だ?」
「ううん。こっちの話-!」
危ない、危ない。
ここで祥平のこと好きになったなんて言ったら、さらにマウントを取れなくなる。
さあ、ここから巻き返していくわよ!
そして、それから数ヶ月後。
今度は本当に恋の病にかかり、高校卒業まで治ることはなかったのだった。
終わり。
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