お見合い

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 夢と恋。
 それを天秤にかけたとして、どっちに傾くだろうか。
 
 まさしく、それは人それぞれだろう。
 夢を取るという人もいるだろうし、恋を取るという人だっているはずだ。
 そして、どちらも取るという反則的なことを言う人もいれば、どちらもとならないなんて、斜に構えたことを言う人もいるだろう。
 
 じゃあ、俺はどうしたのか。
 
 結論を言うとどちらも取らなかった。
 
 ……いや、どちらも取れなかったという方が正しいだろう。
 
 
 
「武はさ、私がいないとホントダメだよね」
 
 まるで口癖のように、何かあると静流はそう言って笑う。
 
「うるさいな」
 
 否定はできない。
 なぜなら、本当のことだから。
 
 俺は両親にとって、遅くにできた子供だったせいか、大いに甘やかされて育った。
 ほとんどのことは母親がやってくれたし、欲しいものは大抵、父親に買ってもらえた。
 
 そんな状況で育てば、我儘で甘ったれに育つのは当然だった。
 
 そして、そんな俺の感覚を正してくれたのが静流だ。
 
 保育園で唯一、仲良くしてくれたのが静流で、そこから何かと俺に絡んできた。
 でも、そのおかげで、自分のことは自分でやらないといけないし、欲しいものがあっても我慢しないといけないことがある、という至極当然なことを教わった。
 
 ただ、身の回りのことだけは、どうしてもだらしなさが治らなかった。
 三つ子の魂百までというやつなのかもしれない。
 
 静流がいなければ、忘れ物を頻発していた。
 学校の行事や連絡事項に関しても、俺の両親に静流の方が伝えるという不思議な光景。
 
 気づけば、俺は静流に依存し、静流がいなければまともな生活すら送れない状態になった。
 つまりは、俺の面倒を見る係が母親から静流に変わっただけだ。
 
 正直に言って、静流に対して多少は干渉しすぎな部分がありつつも、感謝してもしきれないほどの恩があると思っていた。
 
 そんな俺たちの学生時代も終わり、大人として独り立ちしなければならなくなる。
 
「さすがに会社まではついていけないからね」
 
 大学までずっと一緒だった静流が、卒業の時に寂しそうに笑いながら言った言葉だ。
 
 そして、その言葉で、俺の中である目標が立った。
 
 静流にふさわしい男になる。
 
 その思いを胸に、俺はアメリカへと渡った。
 日本から出れば、自分の中の甘えがなくなり、なにか大きなことを成し遂げられると信じて。
 
 だが、そんな漠然な思いしかない俺が、何かを成し遂げられるわけがなかった。
 
 就職もできず、細々とバイトをして食つなぐ日々。
 確かに静流がいなくても生活できるようになったが、すさんだ生活になっていく。
 
「……いつ帰ってくるの?」
 
 電話するたびに聞かれた言葉。
 俺はまだ何も成し遂げていない。
 だから、帰るわけにはいかなかった。
 まだまだ静流にふさわしい男になれていないのだから。
 
 そんな生活を続けて、10年が経った。
 
「私、結婚することにしたから」
 
 突然の告白。
 今までそんな話をしてなかったじゃないかと怒りを覚える反面、10年も待たせていたのだから文句を言える立場ではないという思いがあった。
 
 気が抜けた俺はすぐに日本に帰国した。
 静流にふさわしい男になる必要はないと考えると、気と肩の力が抜けたのだ。
 
 戻ってすぐに俺は就職し、正社員として働き始めた。
 中途採用で、俺の上司はみんな年下だったが、気にもならなかった。
 みじめな自分には、こんな立場がふさわしいとまで思う。
 
 それから3年が経ったある日。
 それなりに生活に余裕ができてきた俺に、母親が半場強引にお見合いを決めてきた。
 
 正直、結婚する気はしなかった。
 
 ただ、母親の顔を潰すわけにもいかなかったので、受けることにした。
 どうせ、あっちから断られるだろうし、俺も断るつもりだった。
 
 そして、お見合い当日。
 俺は頭が真っ白になった。
 
「待たせすぎ」
 
 そこにいたのは静流だった。
 
 どうして?
 結婚すると言っていたのに。
 
「うん。結婚することにしたよ、武と」
 
 どういうことかわからずに混乱する。
 
 話を聞くと、いつまで経ってもアメリカでくすぶっている俺に、静流が一計を案じたのだという。
 自分が結婚すると言えば、帰ってくるのではないかと。
 
 つまり俺は、ずっと静流の手のひらで踊っていたわけだ。
 
「武はさ、私がいないとホントダメだよね」
 
 そう言って静流が笑う。
 
 悔しいが、その通りだ。
 
 終わり。

 

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