人は誰しも、おとぎ話に憧れる。
誰だって、一回はつまらない毎日から抜け出して不思議な世界に行って、大冒険に繰り出したい。
そう思うことはあるはずだ。
毎日毎日同じことの繰り返し。
朝起きて、ご飯を食べて学校に行って、帰ってきてご飯を食べて寝る。
そんな退屈な毎日に、私はうんざりしていた。
一回で良い。
おとぎ話に出てくる女の子のように、不思議な国を旅したい。
そんなふうに思うと、いつも頭に浮かぶのは不思議の国のアリス。
小さいころに絵本で買ってもらって、ボロボロになるまで読んだ。
あの頃は、いつか時計を持ったウサギが通りかかるのだと本気で考え、庭を何時間も見ていたものだ。
そんなとき、友達からこんな話を聞いた。
「日本の行方不明者って8万人くらいいるんだって」
それを聞いたときは、ふーんとしか思わなかった。
でも、その次に言った、友達の言葉が、私の胸に突き刺さった。
「きっとさ、今頃、その人たちって不思議な国を旅してるんだろうな」
なるほど。
8万人全員が、不思議の国に行ったとは、さすがの私でも思わない。
でも、その何人かは実際に不思議の国に行っているのではないだろうか?
おとぎ話のような大冒険を繰り広げているんじゃないか?
そう思うとワクワクする。
それから私は学校が終わると、裏山に行くことにした。
不思議なことは町よりも人がいないところで起きる。
たぶん、それは合っているはずだ。
だって、人がたくさんいる中で起きたら、とっくにいろんな人がその世界を話題にするはずだから。
だから、私は裏山に行く。
不思議なことを探すために。
学校が終わってから、2時間くらい裏山を散歩するということを大体3ヶ月くらい繰り返した。
だけど、何かが起こることはなく、正直、裏山の散歩も飽きてきた頃だった。
私はついに見つけたのだ。
草むらを駆けるウサギを。
この3ヶ月間、ウサギなんて見たことなかった。
そもそも、野生のウサギなんてこんなところにいるんだろうか?
私はとにかく、必死でウサギを追った。
そのときの私の頭の中には小さいころに読んだ不思議の国のアリスの内容が浮かんでくる。
やった。
ついに見つけた。
これで、私もおとぎの世界に行ける。
転びそうになりながらも、必死にウサギを追う。
私はウサギだけを見ていたせいで、足元を見ていなかった。
走っていると、突然、落とし穴のようなものがあり、私は転げ落ちた。
長く長く、ゴロゴロと転がる。
転がりながらも私は少しも怖いとは思わなかった。
たぶん、これはおとぎの世界への入口。
そう、思ったのだ。
どのくらい落ちたのだろう。
気が付くと、私は草むらに倒れていた。
起き上がって周りを見てみる。
するとそこには私が望んでいた光景が広がっていた。
動物たちが立って歩いている。
服を着て、買い物かごを持って、カバンを背負って歩いていた。
すごい。
私の心は踊った。
ここから始まる大冒険にワクワクしながら。
すると、さっきのウサギだろうか。
目を丸くして、こっちへ走ってきた。
「なんてことだ! 人間がこんなところに入ってくるなんて!」
慌てているウサギ。
「早く帰りなさい! 私が、外まで送ってあげるから!」
だけど、私は首を横に振る。
せっかく来たのに、帰るなんて勿体ない。
「悪いことは言わない。帰った方がいいよ」
それでも私は断固拒否した。
そんなとき、オオカミがやってくる。
「本人がいたいっていうなら、無理に帰らせることはないさ」
そう言って、私にウィンクしてくるオオカミ。
「だけど……」
「いいからいいから。しばらく観光したら、帰るさ」
オオカミがウサギにそう言うと、今度はこっちを見て笑う。
「よかったら、色々案内しようか?」
私は飛びついた。
さすがに1人で知らないところをウロウロするのはちょっと怖い。
でも、ここの住人に案内してもらえるなら、こんなにいいことはない。
「決まりだね。じゃあ、まずはこっち」
私はオオカミに連れられ、路地裏に入っていく。
いきなり、路地裏なんて変わってるなーって思っていた時だった。
突然、前を歩いていたオオカミが振り返り、私の頭を掴んだ。
さっきまでの陽気な顔のオオカミだったが、今はどこか無表情な感じがする。
頭を掴んだオオカミは、そのまま私の頭をひねる。
ボキっと音が聞こえた。
見える風景がなんか変だ。
それに力が入らない。
私は仰向けになって倒れた。
オオカミがジッと私を見下ろす。
そして私の服を割き、腹も引き裂いた。
痛くもなかったし、怖くもなかった。
ただ、こう思った。
ああ、そっか。
みんながみんな、おとぎの世界に行って楽しく冒険できるわけじゃないんだ。
きっと、大冒険をして帰って来られる方が少ないんだと思う。
なら、なんで冒険できなかった人のお話はないのだろうか。
それは帰ってこれないからだ。
こうやって失敗して、おとぎの国で死んでしまう。
そして、行方不明とされるんだろう。
そう考えているとオオカミは、私の喉に噛みついた。
終わり。
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