仮面の下

短編小説

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 私の地元には『なまはげ』という風習がある。
 今では結構、有名だから知ってる人も多いと思う。
 
 この、なまはげという風習なんだけど、鬼の格好をした人が家に来て、子供に悪いことをしていないかと脅かすものなんだよね。
 その他には無病息災を祈願するっていう意味もあるらしい。
 
 それが、結構、本気で脅かして来てさ、中には本当に怖かったっていう人も多いんじゃないかな。
 高校生になった今でも、「まだトラウマだよ」っていう友達もいる。
 
 でも、私は怖いなんて一度も思ったことはなかった。
 逆に早く会いたいとさえ思っていた。
 一年に一回しか会えないのが寂しいって感じるくらい。
 
 まあ、こんなことは口が裂けても周りには言えない。
 絶対、変人扱いされるから。
 周りも、私に気を使ってか、まなはげの話をしようとはしない。
 
 私的には気にし過ぎと思うんだけど、気を使いたくなるのもわかる。
 
 
 あれは5歳の頃だった。
 
 家になまはげが来た。
 鬼の面をかぶり、藁のような服を着て、手には包丁を持っていた。
 
 なまはげは家の中に入り、私にこう話しかけてきた。
 
「虐められてないか? 今、幸せか?」
 
 そのときは凄く驚いたから今でもはっきりと覚えている。
 だって、本来なら「悪い子いねーがー?」と言って、包丁を振り回しながら子供を追いかけるのに。
 でも、そのときのなまはげは優しい声で、そう聞いてきたのだ。
 
「う、うん……」
 
 戸惑いながらも頷くと、なまはげは私の頭を撫でた。
 両親も困惑していたと思う。
 お父さんとお母さんはお互いに顔を見合わせて、眉を潜めていた。
 
 なまはげはそんな両親の元に行き、そして、二人を包丁で刺した。
 
 何度も何度も刺した。
 両親が出した悲鳴で、周りの家の人たちがやってくる。
 
 なまはげは逃げる前に私の方へやってきて、もう一度頭を撫でて「また来る」と言って逃げてしまった。
 
 私はただただ、呆然とするしかなかったのだ。
 
 
 もちろん、凄く悲しかったし、ショックだった。
 それはそうだろう。
 目の前で両親を殺されたのだから。
 
 けれど、自分でも意外なことに、すぐに立ち直った。
 一ヶ月もすると、ケロッとしていたそうだ。
 
 私も、ビックリしたけど「あ、死んじゃったんだ」くらいの感覚だった。
 
 今、考えてみるとそんな自分に、自分でドン引きする。
 別に両親に虐待されていたわけでも、育児放棄されていたわけでもない。
 普通の家のように……いや、どちらかというと可愛がられて育てられてたと思う。
 
 そんな両親が殺されたのに、一ヶ月で立ち直るなんて、自分はサイコパスなんじゃないかとさえ思った。
 でも、そんなふうに考えるのも無駄だと思って、気にするのは止めた。
 
 ……やっぱり、私はサイコパスの気質があるのかもしれない。
 
 両親が殺されてからは、私は孤児院で暮らすことになった。
 あとで聞いたら、両親の親戚は見つからなかったそうだ。
 確かに、私はおじいちゃんやおばあちゃんに会った記憶がない。
 
 結局、犯人が捕まっていないということもあり、次の年のはなまげは中止された。
 
 でも、その次の年は、やろうとなった。
 話では孤児院には来ないようにするか、私だけ他の場所に連れて行こうという話があったらしい。
 だけど、私は大丈夫と言って笑って見せた。
 
 そして、その年。
 孤児院に5人のなまはげがやってくる。
 
 他の子供たちはなまはげたちに追いかけられて、泣きながら逃げ回っていた。
 だけど、私のところに来たなまはげは「元気だったか?」と言って頭を撫でてくれる。
 
 私は直感的に思った。
 このなまはげは両親を殺したなまはげだと。
 
 でも、私は黙っていた。
 だって、言ったらこのなまはげが捕まっちゃうから。
 もう二度と、このなまはげに会えなくなるから。
 
 だから私は黙っていた。
 
 それからは毎年のようになまはげがやってきた。
 
「元気か?」
「うん」
 
 たった、それだけの会話。
 それだけの会話をするのを、一年間、待っていたのだ。
 
 
 そんな私も今では高校3年生。
 今年で孤児院を出ることが決まっている。
 
 つまり、一人暮らしになるのだ。
 そして、一つだけ心配がある。
 
 一人暮らしになった私のところになまはげは来てくれるのだろうか?
 
 まなはげが来るのはせいぜい、小学校までだ。
 孤児院にいる頃は常に、小学生の子がいたから毎年なまはげが来ていた。
 だから、あのなまはげに会うことができていたのだ。
 
 それが、一人暮らしのところに来てくれるだろうか。
 世間的に見れば、高校3年生の女のところに行くなんて、怪しい以外の何者でもない。
 
 そんな心配をしていたが、杞憂に終わった。
 
 真夜中にインターフォンが鳴り、ドアの覗き穴から見ると、外にはなまはげが立っていた。
 
 思わず笑ってしまった。
 だって、すごくシュールだったから。
 
 私がドアを開けると、「元気か?」となまはげが言った。
 
「うん」
 
 私は笑顔でそう返した。
 そして、なまはげを家に入れる。
 
 ソワソワしながらもなまはげは私の家の中に入った。
 
 すると、テーブルの上に出していた新聞の切り抜きが目に入ったのだろう。
 ピタリと動きを止めた。
 
「……調べたのか?」
「うん。ちょっと大変だったけど」
 
 切り抜きの記事には、ある事件が報じられていた。
 赤ん坊の誘拐と母親の殺害。
 犯人は二人組で、結局逮捕されなかったと書かれている。
 
「そうか……」
 
 なまはげはため息交じりにそう言った。
 
「ありがとうね」
「え?」
「……毎年、会いに来てくれて」
 
 私がそう言うと、なまはげは首を横に振る。
 
「ごめん」
 
 なまはげが謝ってくる。
 
「年に一回しか会いに行けなくて」
 
 思わず私は笑みを浮かべてしまった。
 毎年、私に会うためになまはげの格好をして、村の人たちに交じっていたのだ。
 かなり苦労しただろう。
 自分の正体がバレるのではないかと気が気じゃなかったはずだ。
 
「座って」
 
 私がソファーに促すと、なまはげはゆっくりと座った。
 
 それから私たちは朝まで話をした。
 というより、ほとんど私が一方的に話していた。
 今まで何があったとか、思い出話とかいろいろ。
 
 いつの間にか寝ていた私が目を覚ますと、もうなまはげはいなくなっていた。
 
 そのとき、携帯電話が鳴る。
 孤児院の院長からだ。
 
「両親を殺した犯人が捕まったわよ! ニュースで出てる!」
 
 私はテレビをつける。
 13年前の殺人事件の犯人が自首したというニュースだ。
 
 テレビの画面に犯人の名前と顔が映る。
 
「……お父さん、こんな顔だったんだ」
 
 そして、私はテレビを消した。
 
 終わり。

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