儚いもの

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 女神はずっと不思議だった。
 
 なぜ、人間は短い時間しか生きられないのに、願望なんてものを抱き、足掻くのだろうと。
 
 たかだか、100年ほどしか生きられないのに願望なんてものを抱くのか。
 人間よりも寿命が短い生き物はもちろん、カメやクジラなどの人間よりも長い寿命を持つ生き物でも、人間のように願望を抱くものなんていない。
 
 大体、願望を叶えたとしても、達成した後、それを甘受する時間はかなり短い。
 しかも、中には願望を叶えるため、人生のほとんどの時間を努力して費やしたのに、願望が叶わない人間もいる。
 さらにいうと、願望が叶う人間の方が少ないほどだ。
 
 それなら初めから願望を抱かなければいい。
 そうすれば、努力や苦しさなんてものを感じることもないはずだ。
 
 もちろん、願望なんて抱かない人間もいる。
 だが、その人間の中に、願望を抱かなかったことに後悔するなんて者も存在した。
 
 女神は考える。
 しかし、答えは出ない。
 
 人間以外の動物は、願望なんてものを抱かずに人生を終える。
 後悔なんて抱く者など皆無だ。
 
 あるとき、女神はある答えにたどり着く。
 願望というものはそれほど、人間を狂わせるほど魅了するものなのかと。
 
 そこで女神は人間を観察するため、人間の願望を叶えてやることにした。
 
 女神は子供の頃から願望を叶えるために努力し、様々な願望を叶えてきた人間の元を訪れる。
 そして、その人間に「なんでも願望を叶えてやる」と言った。
 
 するとその人間はこう答えた。
 
「不老不死にしてほしい」
 
 さらに人間はこう続ける。
 
「俺の願望を叶えるには、人間の寿命は短すぎる」
 
 女神はその人間の願望を叶えた。
 人間は不老不死となり、それから300年ほどが経過する。
 
 さぞかし、あの人間は充実した人生を送っているだろう。
 
 そう思いながら、女神は不老の願望を叶えた人間の元へ訪れる。
 
「元に戻してほしい」
 
 女神を見るなり、人間はそう願った。
 話を聞くと、その人間の300年の人生は実に意味のないものだったのだと言う。
 ただ、生きるだけの人生だったのだと。
 
「決められているからこそ、有限であるからこそ、儚いからこそ、人は頑張れる」
 
 人間はそう言った。
 
 女神には意味がわからなかった。
 儚いからこそ、頑張れるという意味が。
 
 女神はまた人間の願望を叶える。
 もしかすると、この人間だけがイレギュラーな存在なのかもしれない、と。
 
 だが、結果は同じだった。
 
 不老不死を願った人間は必ずと言っていいほど、「元に戻してほしい」と懇願してくる。
 
 さらに、不老不死ではない違う願望を叶えた場合も、そのほとんどは充実した人生を歩むのではなく、堕落していった。
 
 あれほど渇望していた願望を叶えてあげたのに、幸せそうではない人間が多い。
 
 女神はますます混乱する。
 
 なぜ、人間は願望を抱くのだろうか。
 そして、願望が叶ったとしても満足しない者がいるのだろうか。
 
 今日も女神は人間の願望を叶えていく。
 
 そのたびに不幸になっていく人間が増えていくのだとしても。
 
 終わり。

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